❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:🌙.:*:♪ ・活動情報・ ♪:*:.🌙:*:♪

     ❤ 2018年2月3日(土)
★月下陽香イキザマ晒し劇場【 千秋楽 ・(ライブ活動休止前イベント)
  出演:月下陽香 / えんちゃん / HATTREAT

満員のお客さまとご出演者さまに、盛大に盛り上げて頂き
これまでの音楽人生で一番の、心から楽しんだ幸せな夜となりました。
ありがとうございました。

2018年2月3日のライブを区切りに
月下陽香は「イキザマ晒し劇場」と名付けたライブ活動を休止いたします。
もう「イキザマ」を板の上で晒さなくても
生きてゆけるような気がするのです。

このブログは継続しますが
ステージ活動はまた違う形でお届けする未来に向かいます。

月下陽香の歌も歌い続けながら
もっとみなさまにお近付き出来る歌も学びながら
次のスタイルを生み出し作り上げてゆきます。
よろしくお願い申し上げます。

その後のメインの発信場所を新たに設けました。
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そこに逝く為に。(転居後前半・14)

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この花の下には

いちばん始めに亡くなった猫の
ぷぅちゃんの骨が少し埋まってる。

今年も綺麗に咲き始めた。




3匹の猫たちが
19年を経て順に召され
我が家から猫の存在が無くなった先月。



1匹目のぷぅちゃんが亡くなった時は

骨壺から一部の骨を取り出し
乳鉢で磨り潰し
土に混ぜて焼き物にした。

その時に花の下にも少し埋めた。



2匹目のたらちゃんが亡くなった時は

後悔と痛みが大き過ぎて
骨壺を再び開ける事はなく

家に居る事に耐えられなくて
やたら飲みに出掛けてた。



先月ぽんちゃんが亡くなって。


これまで以上の喪失感は
未だ
この胸に大きく広がったまま


悲しみを

ひとつも消化出来ないで居る。












2013年から

月下陽香が

ステージの上で必ず口にして真ん中に掲げてきた

「摂食障害」

「リストカット」

「自傷」。


私にとって「摂食障害」と「自傷」は
人生のほとんどを埋め尽くすものである。

これらと共に生きた20年間と
向き合って生きる事を始めたこの10年間を経て。


摂食障害や自傷の始まりであった
小学生の頃から
現在の私に至る足跡を

2013年7月7日以来記事として書き続けて居る。


綴ってきた記事は「かてごり。」に時代別に分けてあります。


【「1・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(小学生の私)】
   ※4つの記事があります。

【「2・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(中学生の私)】
   ※7つの記事があります。

【「3・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(高校生の私)】
   ※12の記事があります。

【「4・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(大学生の私)】
   ※17の記事があります。

【「5・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代前半の私)】
   ※61の記事があります。

【「6・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代後半頃の私)】
   ※50の記事があります。

【「7・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(30代前半頃の私)】
   ※現在執筆中。



5月・6月と

介護が必要になった飼い猫との
暮らしや想いを多く綴りながら。

その介護も終末を迎え

我が子のように愛し
19年を共に暮らした愛猫は
とうとう召されて骨となり

現在は亡くした喪失感と向き合う日々も綴って居る。

【「亡骸が消えてから。」 (2014.6.27)】

【「胸いっぱいの寂しさを食べながら。」 (2014.7.2)】



ブログのスタイルを変え
摂食障害と自傷について書き始めて
7月7日から2年目を迎えた。

6日の記事でそれについて触れて居る。

【「自傷と摂食障害を晒す選択。」 (2014.7.6)】



過程を綴る記事は30代前半頃の私を書いている途中。

【「見付けた【死に場所】へ。」 (2014.7.10)】


今日からはこの続きだね。






20年以上ずっと隠し通してきた
摂食障害と自傷癖。

全てを晒して
最後のステージに立とう。

私は決めた。





フライヤーには
傷を見せた自分の顔を載せた。


この写真は
私の部分だけをトリミングして
セピア色に加工してあるが
実際にはカラーだった。


ライブ会場のあちこちに貼られた。

そこで歌っていた私を知る人たちは
そこで初めて私の本当の姿を見た。



その後私は

摂食障害と自傷をカミングアウトするホームページを立ち上げた。

タイトルは
【皮膚腐食(ケロイド)―血まみれ蝶々―】


2011年に閉鎖したが
そこに
長い年月を吐いて切り続けてきた事を
自分の詞と共に書き込んだ。




ずっとずっと。

私は

【死に場所】を探してたように思った。


そして

この時私は

やっとそこに行けるように
感じてならなかった。




私は小さな本を作った。





もうすぐ終わるからその遺言のような気持ちで。


そこには

痛みと憎悪と
悲しみに溢れた不足を

詰め込んだ詞を書き記した。






これらの事

その時の
私の考えや想いを
主人は何も知らなかった。


1年後に解散ライブをする事以外
私は何も言わなかった。

言う必要はないと考えた。
今思えば酷く身勝手だがその時はそう思ってた。


なぜ

私が精神科へ行って

そこで何が在って
通院を止めたのかも

彼は聞かなかった。


何に関しても
根掘り葉掘り問い詰める事など絶対にしない人。

彼の横で
私がパソコンの前に座り込んで居ても
何をしてるのか
覗き込む事もしない人。





嘔吐はほぼ毎日

自傷はやりたい時にやる。


ただ
自分でも
自分を廃人だと思うような
薬とアルコールに1日中浸かりきる生活を止めて

私はライブに向けて動き出したから

主人には
それだけでも
状況が落ち着いてきたように感じられたのかも知れない。





私はエンディングノートも書いた。

自分が死んだ後の事を考えて

クローゼットの中も
いつも整理して居た。







バンドの練習は2週間に1度。


メンバーが暮らす土地まで
電車と徒歩で片道3時間弱かけて通った。


言い出したのは私だし

メンバーの誰ひとり
もう少し私の自宅寄りの場所で練習しようかという
提案も無かった。


出演は全員でするのに

みんな自分の生活が中心で

言われたから
参加してあげるような雰囲気も正直在り


でも
確かにそれは事実だから

大量の薬を飲みながら
時間と交通費を掛けて通った。



それでもメンバーはよく遅刻をした。

“子供を風呂に入れてたから”…

そんな事情が多かった。

これには正直ムカついた。



仕方ない。

だって
もう
お互いに

住む世界も違えば
それぞれに今背負うものがあり


実際に私は
私のやりたかった事に付き合って貰ってる訳だし


摂食障害と自傷を
カミングアウトした私でも
受け入れてくれたのだから。





練習は夜。


帰りは電車がない。
毎度宿を借りる程金は無い。



父の暮らす家に泊まった。


もし出来るならば
父とのこれまでの空白を埋めたい気持ちもあったから
良い機会だとも思った。


相変わらずいつも汚れた家。

自分の物が何もないから
化粧品やドライヤーまで持って行く。

練習の時は旅行にでも行くような荷物。




帰り道
スタジオから父の家までは
メンバーが送ってくれた。


月に2度
交通費を使い
自分のやりたい事の為に外泊する私を
主人はいつも快く送り出してくれた。

タクシー代まで使いたくない。
だから有難かった。




でも

毎回毎回

うんざりな程言われる。




子供が出来て
そのしあわせを日々感じながら


家庭が一番である彼の環境は
彼が選んで手に入れたものだ。

素晴らしいと思う。




だけど。



“早く子供を産んだほうがいい”


毎度毎度繰り返し言われる。





“お前は私の男か”

と腹の中で思う。



“誰もが当たり前に産めると思ってんのか?”



“子供はお前が産んだんじゃないだろ?”




それでも
全部飲み込んだ。



今私がどんな体調にあるかなんて

自分の幸せを話したくて仕方ない彼に
話した所でどうせ右から左。




彼はいつも
私の事をとてもよく知って居ると勘違いしてる。

人前でもそんな口振りで話す。

でも何もわかっていない。


だって
私は彼に本当の事を言ってないから。


いつもいつも
彼の話を聞く役回りで

私は何も話さないから。


でも気付いてない。


私の痛みに
彼はとても鈍感な人のひとりだった。

とても仲良く付き合ってきたけれど
そうだった。

私にはよくある事。





とにかく私は

1年後の 【死に場所】 に

確実に向かいたかった。


それにはメンバーが必要だった。
とても必要で大切だった。




死に場所に向かう。

たまらなくうれしかった。


その為に
本当に必死になって在った。


歌って死ねる。
もう十分だと思ってた。



続きはまた。











骨壺の回りは

今日も花で囲まれて居る。

ギタリストさんが
よく花を届けてくれる。

とてもうれしく有難い。



リビングの
私がいつも座る場所の左横に
骨壺と花が置かれていて

私はいつも見てる。


花をじっと見てる時は少し楽で居られる。


骨壺に収められた骨には
もう命がないけれど

囲む花々には命が在り
それに救われて在る事が自分でわかる。



ぽんちゃんが亡くなって10日後
動物病院から届いたアレンジメントフラワーが

昨日
とうとう全て枯れて無くなった。


最近は
花が枯れる事が辛いのに


なぜか少し安心をした。





※ 申し訳ありませんがしばらくの間コメント欄の設置をお休みしております。

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月下陽香

Author:月下陽香
オリジナル楽曲を発信しながら
創作陶芸作家としても活動しております。

2018年2月4日より
月下陽香としてのライブ活動は休止致しますが

このブログを継続しながら

ステージ活動は
また違う形でお届けする未来に向かいます。


このブログには
私がかつて
「摂食障害」・「自傷癖」と
共存して居た頃の出来事を綴った記事も
多く置いて居ます。


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