❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:.:*:♪ ・らいぶ情報・ ♪:*:.:*:♪

     ❤ 2017年2月11日(土・祝)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-(選べる1ドリンク&1フード付き)
18:00 オープン  19:00 スタート
★月下陽香&井上タイキ・HAT TREAT ツーマンライブ!!

     ❤ 2016年11月6日(日)
大阪市北区・東梅田駅~5分  Live Bar 
「 B-flat 」
※ 料金¥1500-+1ドリンク別途要

     ❤ 2016年5月22日(日)
大阪市北区・東梅田駅~5分  Live Bar 
「 B-flat 」
※ 料金¥1000-+1ドリンク別途要

     ❤ 2015年12月25日(金)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 
「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-



  ♪:*:.:*:♪ ・CD情報・ ♪:*:.:*:♪

  ◆ ファーストシングル ・ 花いばら ◆
            2曲入り ¥500-
            2014.5.24 発売
花いばら

  ◆ セカンドアルバム ・ 生きてるからね。 ◆
            6曲+1曲入り ¥1000-
            2011.8.21 発売

いきてるからね。

※ こちらからもお買い求め頂けます。
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昨夜召された愛おしい命。

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hutari


膝の上にいるぽんちゃんはもうすぐ骨になる。


このくるくるの瞳も

美しい毛皮も

ぎゅってしてくれた手も

全部なくなって骨になる。


この記事は

ぽんちゃんの体が無くなる前に
火葬車を待ちながら書いて居る。




昨年2013年4月30日
ぽんちゃんは急変した。

乳がんと糖尿病を抱えた高齢猫。

もうダメかと思ったが持ち直してくれた。


それから1年間。

毎日毎日心配しながら

今日生きて朝を迎えてはほっとし

少しの外出でも
急いで帰宅して
生きて居ればほっとし

そんな生活を繰り返してきた。



そして
ちょうど1年後4月30日。
再び急変した。


今回は持ち直してはくれなかった。
日々明らかに悪化し衰えていった。


死なないで欲しい。
まだ一緒に居て欲しい。
置いて逝かないで欲しい。

24時間願い世話をした。


昨年までは看護だった世話は
今年からは介護になった。



5月24日には今年初めてのライブがあった。

レコ発掲げた大切なイベント。

ぽんちゃんに言った。
”行かなきゃいけないんだ”と。
”どうか生きて待っててくれ”と。

帰宅するまで
心の中はいっぱいに痛みながら願い続けた。


ぽんちゃんは待っててくれた。



6月16日は私の誕生日だった。


一緒に迎えられたらいいのに…。
願っていた。


でも。

この時はさすがに
いつ終わりがくるかわからない程に弱っていたから
諦めもどこか言い聞かせて居た。



誕生日。

ぽんちゃんは生きていてくれた。

毎日は
ほんの数口のスープやムースを舐めるだけ。

後は強制給餌で流動食を与えてるのに

この日は
朝からいつもよりスープを飲んで喜ばせてくれた。


翌17日は

朝早く
リビングでうたた寝しながら付き添って居る私の
足に乗っかって起こしてくれた。

hutari




そして。

本当にほとんど食べなくなった。

1日にスープを2舐め程。
後は口元に運ぶ水を飲むだけ。

hutari


それでも
自分の口から得て飲み込める力がある内は
続けてやろうと

流動食を与え続けた。








2013年から

月下陽香が

ステージの上で必ず口にして真ん中に掲げてきた

「摂食障害」

「リストカット」

「自傷」。


私にとって「摂食障害」と「自傷」は
人生のほとんどを埋め尽くすものである。

これらと共に生きた20年間と
向き合って生きる事を始めたこの10年間を経て。


摂食障害や自傷の始まりであった
小学生の頃から
現在の私に至る足跡を

2013年7月7日以来記事として書き続けて居る。


綴ってきた記事は「かてごり。」に時代別に分けてあります。


【「1・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(小学生の私)】
   ※4つの記事があります。

【「2・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(中学生の私)】
   ※7つの記事があります。

【「3・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(高校生の私)】
   ※12の記事があります。

【「4・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(大学生の私)】
   ※17の記事があります。

【「5・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代前半の私)】
   ※61の記事があります。

【「6・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代後半頃の私)】
   ※50の記事があります。

【「7・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(30代前半頃の私)】
    ※現在執筆中。



過程を綴る記事は
30代前半頃の私を書き始めている。

【「あと少しの命と。」 (2014.6.20)】



5月からは介護が必要になった飼い猫との
暮らしや想いを多く綴りながら。

その介護も
あと数日だろうと思える時を迎え

前回はこの記事を書いた。

【「私が殺してしまうのか。」 (2014.6.21)】



18日夜には流動食をとても嫌がった。


19日は飲んでくれたものの
自分で食べる事はなく便秘が辛そうだった。

便秘と言うよりも
出そうな便を踏ん張って押し出す力がもう体にはなかった。


20日。

悩んだが
流動食を与えて様子を見て居た。

また痩せたように思えた。

夜病院に連れて行った。

皮下注射をして頂いて帰宅。

深夜に
一生懸命力んで肛門から見え始めた便を
掴んで出してやった。
少し楽になったように見えた。


hutari


21日。

朝ムースを少し舐めた。
強制給餌もした。

午後。

寝返りも打たなくなった。
ずっと眠っているような状態。

それでも与える流動食を
苦しそうに飲み込む姿に

私の行為は正しいのかわからなくなった。



横たわったままで
時々立とうとするが立ち上がれず

苦しそうに鳴いて
そのままおしっこをしてしまう。

立ち上がろうと足を動かす度に
トイレに入れてやり
立てないから体を支えたらおしっこをした。

その後は
はぁはぁと苦しそうで

便を出したいが出せないようだった。

夜8時に流動食を与えた時に

もう辛いと思った。

もう飲み込ませたくないと思った。


悩んで悩んで

私は
強制給餌を止めた。


看続けて

翌22日。

時間を追う毎に悪化していった。

水も飲まなくなった。
時折苦しそうに鳴いた。

骨盤の辺りまで下りてきている便だけは出してやろうと思い
病院へ行った。
医師に肛門付近の便だけを取り除いて貰って帰宅。

少し穏やかに眠っていた。


でも
そこにはお別れが近いにおいがしてた。



時々悲しそうに鳴く。

その度に撫でる。

何時間もその繰り返し。

心拍数も呼吸数も変わらない。

いつ心臓は止まるんだろうと思った。

こんなにも苦しそうなのに
この状態がいつまで続くのかと思った。

まだ続くの?って。



日曜日。

家には
ぽんちゃんと私と
ぽんちゃんが私以外に唯一なついている人と3人。

今日ならば
みんな一緒に居てやれる。

明日になれば私は
ひとりでサヨナラの瞬間に立ち会う事になる。

それは嫌だととても思った。


きっと今日ぽんちゃんは死ぬんだととても思った。





そしてその通りになった。


何度も鳴くから膝に乗せた。

そこからどれくらいの時間が過ぎただろうか。
かなり長かったと思う。

心拍を指で確かめながら

撫でて声を掛けて話をして。

たくさん泣いた。


やがて痙攣が始まった。

治まって少ししたらまた始まって。
痙攣は3回続いた。

3回目にはもう意識が無かったと思う。

手足を突っ張って
目を見開いて
とうとう心拍が小さくなった。

彼が“息をしてない”と言った。


ほんとだ…。体が動いて居ない。


指先に感じる心拍が小さくなって触れなくなった。



19時8分。ぽんちゃんは旅立ちました。


hutari






お礼を言って
たくさん誉めて
いっぱい謝って。

流動食であちこち汚れた体を
綺麗にして寝かせて。


部屋中に敷き詰めたペットシーツや
ぽんちゃんの使っていた物もトイレも
全部ゴミに出した。

私がひとりでそれをしなくてもいいように
22日を選んでくれたと思ったから

すぐにふたりで全部捨てた。


私の元に置いて置くのは
首輪と枕と食器が少し。

流動食の残りも
フードも

今日持たせる分以外処分した。



家が広くなってとても静かだった。




ぽんちゃんの横で晩ごはんを食べた。
ちゃんと食べなきゃいけないと思った。

眠れないと辛いし
長い間眠ってないから
少しのアルコールで眠れる気がしてビールを飲んだ。


ぽんちゃんの横で眠った。

早朝目が覚めて

もう生死の確認も
流動食も無いんだと思った。






ぽんちゃんと過ごせた19年は
とてもしあわせでした。

ぽんちゃんのおかげで
子を産み落とさなかった私も
お母さんになれました。


私は
見る人によれば異常な位
猫を愛して居ました。

ぽんちゃんを愛して居ました。


そして気付きました。


私は

とてもとても
ぽんちゃんに愛されていました。

ぽんちゃんは
私の気持ちを誰よりも知っていました。


私の願いを全て叶えてから
死を迎えてくれました。




苦しかった介護生活。


でも
それがなかったら

私は
ぽんちゃんの死を受け入れられなかったのでしょう。


大好きだけど

もうしんどいと感じるまでお世話出来たから
死を受け入れられたのでしょう。



とても寂しくて辛い。

でも。ほっとした気持ちも大きい。


もう
24時間を張り詰めて怯えて過ごさなくても良いのです。




もうすぐぽんちゃんは骨になって帰ってきます。


家族全員お揃いのお守りと
好きだったごはんをたくさん持たせました。


もう少ししたら

骨を拾って。

今夜も早く眠って。


明日目覚めてから

これからの事を考えてゆきます。



この介護期間

たくさんの応援やお見舞いを下さった方々に
心よりお礼を申し上げます。

本当にありがとうございました。




※ 申し訳ありませんがしばらくの間コメント欄の設置をお休みしております。

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月下陽香

Author:月下陽香
「月下陽香(げっかようこう)」の
ステージネームで
オリジナル楽曲を発信しながら

創作陶芸作家としても活動中。


このブログには
私がかつて
「摂食障害」・「自傷癖」と
共存して居た頃の出来事を綴った記事も
多く置いて居ます。


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