❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:.:*:♪ ・らいぶ情報・ ♪:*:.:*:♪

     ❤ 2018年2月3日(土)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 「 音(オン) 」
※詳細決まり次第ご報告致します。
★月下陽香&井上タイキ 大阪でのラストイベント

     ❤ 2017年2月11日(土・祝)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 
「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-(選べる1ドリンク&1フード付き)
18:00 オープン  19:00 スタート
★月下陽香&井上タイキ・HAT TREAT ツーマンライブ!!



  ♪:*:.:*:♪ ・CD情報・ ♪:*:.:*:♪

  ◆ ファーストシングル ・ 花いばら ◆
            2曲入り ¥500-
            2014.5.24 発売
花いばら

  ◆ セカンドアルバム ・ 生きてるからね。 ◆
            6曲+1曲入り ¥1000-
            2011.8.21 発売

いきてるからね。

※ こちらからもお買い求め頂けます。
  「お便りはこちら❤」から お名前とご連絡先をお知らせ下さい。

いつも痛みと共に。(卒業後後半・50)



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介護生活は今日も続いている。


続いているのは
命がまだ続いて在る証だ。

しんどいけれど
それは今の支えでも在るんだろう。


とは言え

自分の体も心もとても苦しい。


仕事量を増やす事が
環境的にも体調的にも難しく

情けない事に経済的にもとても大変だ。



日々捨て続けるフードは
私の精神的にもかなり堪える。



まだ猫が3匹居た頃は
3匹共に病気になってから
処方食を与えて居た。


2匹が召され
ぽんちゃん1匹になり

この子が癌になってからは
処方食をやめた。


残りの時間は
好きな物をおいしく食べてくれたら良いと思った。


歳をとり
食も細くなってきたし
食べない事が一 番困るから

とにかく
自分から食べてくれる物を重要視してきた。



店頭には
たくさんのフードやおやつが並んでいるが

我が家で
絶対的な物として選ばれているのは

「銀のスプーン」シリーズ。


これは

ぽんちゃんも
以前居た2匹も

術後の何も食べたがらない時でも
自分から口を付けた
我が家には鉄板商品。



でも
さすがに今回は
これも食べようとはしてくれなかった。


気分の良い時は口を付けてくれるが
ほんの二舐め三舐め程。

それも開けたてに限る。



ぽんちゃんの食事は

現在基本的に強制給餌。

一 度に少ししか受け入れてくれないから
全く食べない日なんかは
2時間おきに与え続ける。


栄養が偏るから

鰹節をかけたり
猫用のおやつを与えたりはしても

作って与える事はしなかったが

今回は
とにかく食べさせる事に重点をおいて
手作り食も試している。



高齢の腎臓の悪い猫の飼い主さんたちの
ブログや掲示板を参考にさせて頂いて

ぽんちゃんが食べる物を探す毎日。



始めは食べていた湯がいたササミも
ほとんど食べなくなったので

猫用に
新しいフライパンを用意して

鶏もも肉を
少量のオリーブオイルで焼いてみた。


これは食べてくれた。

細かい方が食べやすいかと
鶏ミンチにしたらイマイチだった。

次は合挽にチャレンジする。



多尿で水分を排出してしまうから
脱水にも便秘にもなりやすい。

強制給餌で入れる流動食には
ファイバーと乳酸菌を混ぜている。
でも排便には苦労して居る。


おいしく
水分と栄養を摂取出来たらと
いろいろ調べやってみたのが

昨夜のTwitterにアップした写真。
今日の2枚目ね。



ぽんちゃんが少し舐めただけの缶詰。

今までは全部ゴミになってた。

それを水と共に鍋に入れ
一煮立ちさせて具は絞って捨てる。


残りの出汁を与えてみると(冷めてからね)
ぺちぺち舐めてくれる。

冷たくなるとジュレ状になる。

ジュレのままでも
少し温めても舐めてくれる。


他のフードにかけて置いておくと
気が向けば舐めにくるし

運が良ければ
フードも少し口に入ってくれる。



これは良いぞって事で

作って
アイストレーで冷凍。

そうしておけば必要時に解凍すれば良い。


夏場
食欲減退した猫ちゃんにも良さそうだよ。



たくさんのヒントを下さったサイトさまや
掲示板にコメントされてる方々に
ものすごく感謝しています。



ここ「癒え待ちよすが」も

誰かの応援になれる時が
くれば良いなと思います。










2013年から

月下陽香が

ステージの上で必ず口にして真ん中に掲げてきた

「摂食障害」

「リストカット」

「自傷」。


私にとって「摂食障害」と「自傷」は
人生のほとんどを埋め尽くすものである。

これらと共に生きた20年間と
向き合って生きる事を始めたこの10年間を経て。


摂食障害や自傷の始まりであった
小学生の頃から
現在の私に至る足跡を

2013年7 月7日以来
記事として書き続けて居る。


綴ってきた記事は
「かてごり。」に時代別に分けてあります。


【「1・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(小学生の私)】
   ※4つ の記事があります。

【「2・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(中学生の私)】
   ※7つ の記事があります。

【「3・ 自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」 (高校生の私)】
   ※12の記事があります。

【「4・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(大学生の私)】
   ※17 の記事があります。

【「5・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代前半の私)】
   ※ 61の記事があります。

【「6・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代後半の私)】
   ※ 現在執筆中。





介護が必要になった
飼い猫との暮らしや想いを綴りながら。。

【「残された時間を。」 (2014.5.31)】


過程を綴る記事は
20代後半頃の私を記している途中。

【「血を流した歌だから。」 (2014.6.2)】



続きを書くね。







摂食障害も

自傷も

私の体に
心に
こびり付いたまま

私は人の妻となった。



結婚なんてしたくないと思って居た。

ずっと結婚はしないと考えて居た。


20代も後半にして
仕事を辞め

それまでに
積み上げて来たものを手放したら


私の中に在るものは

「摂食障害」と

「自傷癖」 と

同棲している彼の帰りを待ちながら
家事をする生活だけになった。


大学の仲の良かった女子たちは
皆結婚し

妻であったり
母であったりしている中

自分にも
確実な位置が欲しくなったんだと思う。


結婚をしたいと初めて想い始めた。

でも。
無理だとも思っていた。


摂食障害も自傷も
この時点で20年を越えていた。


自分が普通でない事は
誰よりも自分が知って居る。

結婚出来る訳がないと思って居た。


そんな私みたいな女を
彼は嫁にしてくれた。

互いに
家庭環境には何かしら問題を抱えた者同士。

だから
救われた部分も在ったのかも知れない。



とても静かに密やかに
私は結婚をした。


結婚生活に夢や希望は持てなかった。

結婚に対しての
破壊的なイメージは消えなかった。



それでも何よりもうれしかった事は

苗字が変わる事と
知らない土地に越せる事だった。


好きな人の苗字になれる喜びではなかった。


生れ落ちて授かった苗字を
捨てられる喜びが
叫びたい位うれしかったんだ。

それまでの自分ではなくなるように思えて。



今までにも何度も書いて来たが

私は家庭裁判所に申し立てて
名前を変えた。

今の名は両親が付けた名ではない。

結婚後
数年掛けて戸籍から本名を変えた。

いつかそれをしようと
結婚した時からそれは考えて居た。



もうひとつ。
考えていた事があった。

狭い田舎で長年商売をしてきた私。

顔も知られて居たし

そこでは
現在のように心療内科も存在していなかったから
メンタル的な通院は出来ないで過ごしてきた。

大阪へ越したら行こうと思った。

私の事を知ってる人も居ないし

ここよりもずっと都会の大阪には
クリニックもたくさん在る。


摂食障害も自傷も
出来る事ならば止めたいと
それはずっと思っていたから

専門的な力を借りてみたいと思った。







3月のある日。

とても天気が良かった。


小さなトラックが1台。

3人の業者スタッフが
積み上げた段ボールや家具を
手際よく運び出した。


大き目のゲージに入れられた3匹の猫と
彼と私。


空っぽの部屋を見渡せば
そこはとても広かった事を感じた。


ゲージを車の後部座席に運び
鍵を返せば

大阪へ。



窓の外を流れてく見慣れた景色。

心の中で何度も繰り返した。

「さよなら」

「サヨナラ」




高速に乗り見上げた空は眩しかった。






20代も残り少ない。

休む間もなく戦い続け
闘わなければ生きて在れなかった時代だった。

いつも走っていたように思う。
よくやったと思う。



当時を振り返るとわかる。

私は今でも生き急いで居る。


でも
当時は
今の私から見れば
恐ろしい程に生き急いで在った。

早く死にたかったし

もっと早くに死ねると思って居たからね。


人の何倍もの速度で
見れるものをとことん見て
やれる事をとことんやって

ずっと走り続けて

本当に壊れて

やっと私は
新しい生活を始めようとして居た。







正確ではないけれど

良い区切りだと思うし


“「6・自傷と共に生きてきた過程の始まりか ら。」(20代後半の私)”の

カテゴリに収める記事は
今日で
これで最後にしようと思う。




次回からは
大阪で暮らし始めた日々を書き記してゆきます。


これからも
お付き合い下さる事を

そして

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お願い申し上げます。






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自己紹介。

月下陽香

Author:月下陽香
「月下陽香(げっかようこう)」の
ステージネームで
オリジナル楽曲を発信しながら

創作陶芸作家としても活動中。


このブログには
私がかつて
「摂食障害」・「自傷癖」と
共存して居た頃の出来事を綴った記事も
多く置いて居ます。


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