❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:🌙.:*:♪ ・活動情報・ ♪:*:.🌙:*:♪

「 月待 陽 」として始動します!!
   ❤ 2018年6月16日(土)
★HATTREAT企画・ハットモットサタデー
玉出【喫茶館プロコップ】

19:00スタート ・ おひとり様¥500+ご飲食代金
HATTREAT+3組の出演
★HATTREATのギタリストヒロ星さんとの共演です♪

   ❤ 2018年8月12日(日)
★tetsu企画
東梅田【B-flat】

19:00オープン/18:830スタート ・ おひとり様¥1500+1D
申し訳ございません。出演中止となりました。
★タイキさんとの共演です♪

     ❤ 2018年2月3日(土)
★月下陽香イキザマ晒し劇場【 千秋楽 ・(ライブ活動休止前イベント)
  出演:月下陽香 / えんちゃん / HATTREAT

満員のお客さまとご出演者さまに、盛大に盛り上げて頂き
これまでの音楽人生で一番の、心から楽しんだ幸せな夜となりました。
ありがとうございました。

2018年2月3日のライブを区切りに
月下陽香は「イキザマ晒し劇場」と名付けたライブ活動を休止いたします。
もう「イキザマ」を板の上で晒さなくても
生きてゆけるような気がするのです。

このブログは継続しますが
ステージ活動はまた違う形でお届けする未来に向かいます。

月下陽香の歌も歌い続けながら
もっとみなさまにお近付き出来る歌も学びながら
次のスタイルを生み出し作り上げてゆきます。
よろしくお願い申し上げます。

その後のメインの発信場所を新たに設けました。
◆ブログ ★【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】
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◆Instagram ★【陽Instagram】
blog
◆Twitter ★【陽Twitter】



切り付ける前の記憶を探して。(辿り着けるまで・15)

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆



昨日は朝早くから出掛けた。

幼少期を過ごした名古屋市に向かった。




この数年
とても思うようになった。


生きて在る内に

もう一度
あの頃見ていた景色を見てみたい。



もちろん
あの頃のままだなんて思っていない。


幼い私が見ていた景色は
何一つ残って居ないのかも知れない。

それでも確かめたかった。





ここには
これまでにも書いて来たが 


私には家族がとても少ない。



母は
父の家族とは上手くやってゆけず 

私が幼稚園に通っていた頃を最後に 
母と私と妹は 
父方の家族とは会う事も無くなり 

母親が居なくなってからも 

私は
父の家族と関わりを持つ機会も無かった。



だから 


父方の祖父が亡くなった時も 
一応は葬儀には参列したものの 
遺影を見ても誰だかもわからない状態だった。



今年10月に
父方の祖母が他界した際は 
葬儀にすら呼ばれる事も無かった。



父の兄弟とも 

昨年
父が胃の全摘手術を受けた際に 
30年以上ぶりとかで 
数回顔を合わせて挨拶をしただけだ。





父の世話はして来たけれど 

私を都合よく 
娘扱いしたり 
妻のように扱ったり 
母親代わりにしたりする父に対し 

限界を超え過ぎた私は 

殺されると心から感じて 


父からも

数年 
一切の連絡を絶って居た。



もう
父の犠牲になって生きる人生に疲れ果てた。



昨年夏 
胃がんで手術をする事になるまで 
私は父を放置した。




今 
私は
父の世話を再びやいている。


胃袋を失った父は 
初めて 
私の体調を気遣うようになった。



それまでは

私が
術後であろうが 
入院中であろうが 


自分の要求を貫いて
私を動かせてきたのに 


この1年と少し 
初めて
私に 
身体は大丈夫なのかと聞くようになった。


飲んで酔って絡んで
暴言を吐く事も出来なくなった。


だから
今は
私は父とは交流をしていて 
出来る事はしていて。
嫌な事は嫌だという。


父とだけは
家族のやり直しを始めて居る。


そういう過程があって
何とか父は
今の私の交流のある家族。




これも散々書いてきたが 


異常な抑圧と束縛で私を壊した 
これまた壊れた母親は 
男を作って消えている。



小遣いも与えて貰えなかった私は 
中学の頃から働く学生だった。


それまでも
男癖は悪い母だったが 


最終的には
私の上司と深い関係となり 

妹と 
価値の在る物だけ持って逃げた。



要らなくなったゴミと
父と 
私を捨てて出て行った。



出て行ってからも 

私が20代の始め頃までは連絡が取れた。


が 

居場所すらわからなくなった。




一度 

ある情報が入り 
会えるかもしれないと出掛けた事もあった。


【 「顔」(2012.10.1) 】


が。母とは会えなかった。




様々な過程の中で 


私は 

自分には母なんてとっくに居ない者だと 
死んだ者だと 
思考的に納得をしている。


幸せで居て欲しいとも思わないし 
どうでもいい。





名古屋は母の故郷だった。


名古屋には母方の家族が居る。


もちろん
今皆がどうしているのかはわからない。



母は
父の家族からは子供も遠ざけたけれど 
自分の家族とは交流をさせた。


幼い頃はよく預けられた。


夏休みなどは
妹とふたり 
長い間預けられた。




母が出て行った後
数年後には 


母方の家族とも疎遠になったが 



私にとって 


おじいちゃんとか 
おばあちゃんとか 
おじさん 
おばさんと言えば

皆 

母方の人達でしかなかった。




帰る家も無い。
待つ人も居ない。

私の居場所はそこには無いのだけれど 



名古屋は
どうしても
私には

懐かしい
ある意味故郷。



でも
居場所がないから
行く事も無い。




だけど

遠い記憶の中には 
焼き付いた景色があって。


もう一度だけ見てみたかった。





覚えてた住所は間違ってなかったよ。

迷ったけれど辿り着けたんだ。





記憶の中。



広い大きな道路の歩道から繋がる狭い路地。


入ってすぐ。


建ってる家の斜め前の細い電信柱の後ろ。


狭い狭い通路を進めば 
日当たりの悪い場所に 

じいちゃんの家。


横にはコンクリート工場。




広い道路には歩道橋があって。


子供だけではそこを渡る事は無かった。


歩道橋を越えて向こう側へ行く時は 
ばあちゃんやおばさんと 
商店街へ買い物に行く時。




私は
その歩道橋が大好きだった。


今でも歩道橋は好き。



家の近くには当時
「逢いましょう」って名の喫茶店があって。


毎日のように行ってた。


日曜日の朝 
平日の夕食後 

みんなで行ってた。





私の幼少期の記憶。

今を見たかったんだよね。







歩道橋は在った。


あの頃と同じだった。


だけど小さく見えた。


だって
私が小さかったから。




すごく大きくて怖くて 
子供だけでは渡ってはいけなかった道は 

記憶よりも狭かった。


私が大きくなっちゃったから。




歩道橋から

しばらく 


道や空や建物や 

行き交う人を見てた。






喫茶店があった場所には
大きな学校が建ってた。


当時はなかったコンビニもあった。



コンクリート工場はまだあった。



誰かが住んで居る気配はもう無かったけれど 

とっくに死んだ
じいちゃんの名の表札が

掲げられたままの家がまだ在った。





歩道橋とじいちゃんち。


私の知らない年月に
変わりゆき
現在に行き着いたその場所に 



ふたつだけ 


モノクロの画像を貼り付けたような景色だった。








歩道橋を渡る時 


いつも頭に過るのは
レプリカの歌。


「歩道橋の上から見下ろすこの街は
 何も変わってないけど
 やけに胸を締め付ける」


「愛のかけら」って歌。





街は変わってた。


その中に
わずかな変わらないカケラがあって。



晴れの日で良かったと思った。



私の偏在だけが 
立ち止まり思い出し 
孤立して居るような気持ちになった。






商店街はさすがに寂れてなくなってたよ。



あまりにも
あっさりと確認が出来たから 



これまた
幼少期に行った東山動物園に行きたかったんだけど 
渋滞し過ぎて断念。



幼少期に行った事のある熱田神宮を参って 

相変わらず
大好きなどんぐりを拾って。


名古屋城を見てきた。



Twitterに写真あげてるから 
見てみたい方はご覧くださいね。






帰り道 
丁度長嶋スパーランドで花火が上がってて。

駐車場に止めて観て来た。



キレイだったけど 


それ以上にね 


月がキレイでね。


大きくてキレイでね。


切ない位に美しかった。






行って良かったと思う。


心の中 
記憶と過程を整理する為に 

私には必要な1日だった。







月下陽香は
千秋楽に立つと決めて 


このブログ
「癒え待ちよすが」の投稿も
再び頻繁にするようになり 

ツイッターの更新も増えた。



限られた時間に
遺しておきたいものがありすぎて 

溢れてしまうから 


どんどん書き放っている。




つぶやきながらの帰り道 
向き合う想いは沢山在った。






今日も朝から見事に追われた。


仕事とライブに関する事で 
あっという間に夜だった。



ストレスは
自分でもどうしようもない位に 
ひたすら太り続けて居る。



このままではいけないとわかる。



2月3日までは 
これ以上落ちずに辿り着きたい。





あまりにも伝わらないのはなぜなのだろう…。


わかるけれど 
疲れてる。


とてもわかりながら 

とても疲れ切って居る。






「最後」の悲しみが 

わかって欲しい人ほど伝わらなくて 


孤独ばかり増える。







☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜

【 月下陽香イキザマ晒し劇場・千秋楽 】

2018年2月3日(土)

出演者:
月下陽香&井上タイキ / えんちゃん / HAT TREAT

会場
大阪市中央区★【Live Space 「音(オン)」】

17:00 開場 ・ 18:00 開演

18:00~  えんちゃん
19:00~  月下陽香&井上タイキ
20:30~  HAT TREAT
22:00   終演

お席料: おひとり様 ¥1,000-
           (選べる1ドリンク&1フード付き)

☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜ ☆.。.:*・゜




「摂食障害者」・「自傷癖者」として生きた
約30年間の 出来事や想いが書かれた記事たちは
「カテゴリ。」に振り分けて安置されています。
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全「カテゴリ。」の説明とリンクをまとめて居ます。
【このブログ「癒え待ちよすが」について。】


こちらも少しづつ書いて居ます。
【「10・自傷と共に生きてきた30年を越えて。」(書き終えた私なりの答え)】






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月下陽香

Author:月下陽香
オリジナル楽曲を発信しながら
創作陶芸作家としても活動しております。

2018年2月4日より
月下陽香としてのライブ活動は休止致しますが

このブログを継続しながら

ステージ活動は
また違う形でお届けする未来に向かいます。


このブログには
私がかつて
「摂食障害」・「自傷癖」と
共存して居た頃の出来事を綴った記事も
多く置いて居ます。


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