❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:.:*:♪ ・らいぶ情報・ ♪:*:.:*:♪

     ❤ 2018年2月3日(土)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-(選べる1ドリンク&1フード付き)
17:00 オープン  18:00 スタート
★月下陽香イキザマ晒し劇場【 千秋楽 】・(活動休止前イベント)
出演:月下陽香 / えんちゃん / HATTREAT

     ❤ 2017年2月11日(土・祝)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 
「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-(選べる1ドリンク&1フード付き)
18:00 オープン  19:00 スタート
★月下陽香&井上タイキ・HAT TREAT ツーマンライブ!!



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  ◆ ファーストシングル ・ 花いばら ◆
            2曲入り ¥500-
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花いばら

  ◆ セカンドアルバム ・ 生きてるからね。 ◆
            6曲+1曲入り ¥1000-
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いきてるからね。

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摂食障害者で自傷癖者の私の選んだイキザマの終わりに。(辿り着けるまで・14)

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今日は七夕だ。



今日も
5時50分起床で働いた。


後で少しだけ出掛ける。












2013年から

月下陽香が

ステージの上で必ず口にして真ん中に掲げてきた

「摂食障害」

「リストカット」

「自傷」。


私にとって「摂食障害」と「自傷」は
人生のほとんどを埋め尽くすものである。


これらと共に生きた20年間と
向き合って生きる事を始めたこの10年間を経て。


摂食障害や自傷の始まりであった
小学生の頃から
現在の私に至る足跡を

2013年7月7日以来記事として書き続けて居る。


2014年7月7日より
2年目を迎え
それについても触れて居る。

【「自傷と摂食障害を晒す選択。」 (2014.7.6)】


順番に綴ってきた記事は
「かてごり。」に時代別に分けてあります。


【「1・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(小学生の私)】
※4つの記事があります。

【「2・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(中学生の私)】
※7つの記事があります。

【「3・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(高校生の私)】
※12の記事があります。

【「4・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(大学生の私)】
※17の記事があります。

【「5・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代前半の私)】
※61の記事があります。

【「6・自傷と共に生きてきた過程の0始まりから。」(20代後半頃の私)】
※50の記事があります。

【「7・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(30代前半頃の私)】
※69の記事があります。

【「8・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(30代後半頃の私)】
※42の記事があります。

【「9・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(40代に向かう私)】
※14の記事があります。

【「10・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(書き終えた私なりの答え)】
※執筆中。






時に過程の続きから離れて現状や想いを記しながら。

【「キズを持ち痛みを知りて在る人たち。」(2015.6.23)】

【「不安で吐きそうな程に嘆く心に。」(2015.6.24)】

【「失うばかりでわからなくなって。」(2015.6.29)】





過程を綴る記事は
現在の私へ繋がる時代に辿り着き

今日
書き終えるつもりだ。

【「それすらも自傷ではないだろうかと。」(辿り着けるまで・11)(2015.7.4)】

【「暗闇の中で目指す場所は。」(辿り着けるまで・12)(2015.7.5)】

【「焼き付いた悲しみを越えたくて。」(辿り着けるまで・13)(2015.7.6)】





今日も書いてゆく。



過程を綴る記事中で
私は
2015年の6月に存在をしてる。

つい先月だね。

【2015年6月】






誕生日を迎え
命日が過ぎた。



今年の
その2日は
私には特別だった。



そこを迎え過ぎれた事で
ひとつ

心の中で
箱に蓋をしたのだと思う。



次の箱を
開ける事を始めたのだと思う。




何をするにしても
適当に
こなす事が出来ない。


すると決めたなら

そこには
大量の労力を
注ぎこまなければ
こなせない。



だから

一度に多くを進行できないし

あっちからもこっちからも
違う意見をぶつけられても

息が詰まる。




すごく
悩んで考えて選んで


持てるエネルギーを
継ぎこんで

動かしてゆくような


そんなやり方が
きっと
私のやり方なんだと思う。

器用にはこなせないんだ。




だから
1年後の
誕生日と命日を
迎えると言う事は


私には
とても理解しやすい

飲み込める
ひとつのラインだったように思える。








命日が過ぎれば
ライブはすぐそこだった。


今年2回目のライブ。



5月に
やっと
1年振りに立てたステージの

翌月に当たるこの月。



ギタリストさんが繋いでくれて
決まったライブは
28日開催だった。




体調が
物凄く良い日なんてどこにも無い。

ライブを
絶好調で向かえる事なんて
いつも無い。



どんなに頑張っても難しい。


でも
少しでも
良い状態に近付けるように

これでも
いつも物凄く努力はしてる。



だけど
今回は無理だった。

全く無理だった。



ギタリストさんにも
まともにメールも出来ないような
体調が続いた。



ライブ前の最後の練習では
呼吸がちゃんと出来なかった。


息継ぎが出来なくて
真剣に恐怖を感じた。



明らかにおかしいと思った。


ここまで息が吸えなければ
歌なんて歌えない。




「不安」

なんてレベルでは無くて

「恐怖」

だった。


何とかしたくて
一生懸命努力したのだけれど
どうにもならなかった。



恐らくは


今までで
最も最悪な体調での
ライブとなってしまった。






懸命に自分に言い聞かせた。


思い出して見ようよ。

もっと
孤独なライブも
これまでには在ったはずだよ。

今は相棒さんが居てくれるんだ。



肋骨2本折れたまま
弾き語りしたライブも在ったじゃないか。


今日の私は
骨は折れてないだろう?

行くしかないよ。

選んだのは自分だ。




ギリギリまで
身体を休めて準備をし
会場に向かった。



買いにも行けずに困ってたら
酸素を
ギタリストさんが買ってきてくれた。



これまでで
きっと
一番
ギリギリで挑むライブだった。






そこは

2年前に
辛いライブをしてしまった会場。


だからこそ
リベンジの気持ちで臨んで居た。


自分が
納得出来るステージにしたい。

ちゃんと
自分の心が
楽しかったと思える夜にしたい。


このライブが終われば
次の予定は何も無いのだ。


辛い夜になれば

いつになるかのもわからない
次のライブまで
その想いを
ずっと
引き摺って
過ごさなければならなくなるんだ。


もうそんなのは嫌。


そんな辛い想いを
もうしたくないと思って居た。


そんな
苦しくてたまらない日々はごめんだ。




でも
とても
とてもしんどくて。



会場に着いても


自分から
出演者の方々に
多く話し掛けたりもしなかった。





その日の出演者さん達は 
初めてお会いする方ばかりだった。


ライブ本数もこなせなくなったし

ライブバーの
セッションなどにも
出掛けたり出来ない現状に


在る私にとって

とても貴重な
出会いと交流の機会だから


出来るだけ
お話もしたかったのだけれど


リハーサルもまだの
絶不調の状態では出来なくて。



ライブが始まるまでは
極力静かに過ごした。


着替え等で
会場から出る時間も在るけれど


それ以外は


出来るだけ
他の出演者さんの演奏を
聴きたいと思って居た。


音楽の場に居られる時間も

私には
とても少ない貴重な時間だから。


出来るだけ
ちゃんと観て聴いて。

自分の出演が終われば
気持ちは少し楽になるだろうから


少しでも
自分から
お声を掛けられたらと願っても居た。




リハーサルも終わり開店。



遠方から
今回も駆け付けて下さった方々が居られた。

大阪からも
いつも応援して下さる方々がご来店下さった。



2年前に
ここで再開した
大切な友人や


いつも写真を写して下さる
まささん達とは

開演前に
少しはお話が出来た。



彼等が
話し上手で優しいからだね。


話せる自分で居られて
少し安心をした。



それでも
あまり多くを話せば
息が辛いから


出演を終えるまでは
お客さまと
同じテーブルには座らないようにしてた。



ステージ前に
使い果たしてしまわないように。





この日の出演は4組。

月下陽香は3番目。


1組目の出演が
あと2曲になった時会場を出た。


2組目のステージを
出来るだけ観れるように
一生懸命着替えた。



そのお店には控え室が無い。
着替える場所が無い。



お店の外の
地下の駐輪場の隅っこで
シートを張って着替えなくてはいけない。



2年前の出演の時は
とても暑くて
汗で着物が肌に貼り付いて
とても大変だったから


色々と準備しながら
心配して居たけれど
今回は大丈夫だった。


着替えながらも
何度も酸素を吸った。



ステージ上や
会場の人目に付く場所では
吸いたくなかったから


ひとりの時にはこまめに吸入した。



準備が終わり
途中から2組目を観て。

出番が巡って来た。





ステージが始まる。
恐怖が吹き出す。
手が震える。


始まりから失敗をした。


しゃぼん玉が吹けなくて
やり直しても
手が震えて
息が吐けなかった。




ステージに上がれば
椅子を倒しそうになった。


歌い始めれば
とても辛かった。


とてもとても息が苦しい。






月下陽香は
少し前も
つい最近も
相変わらずだと
思って居られる方の方がきっと多い。


ほとんどの方は
お気付きでは無いと思うが


1年振りに
やっと立てた
2つのステージでは


意識して変えた事が在る。


MCを極力短くして居る。



出来る限り
喋りを短縮して

出来る限り
曲数を増やして居る。


これは


昨年末頃から
私が考え始めた
今後の形に
近付いてゆく為の

少しづつ始めて居る事のひとつ。




2013年
2014年の
2年間は逆だった。

話す事を大切にしてた。



でも
もう十分に話してきたし


このブログにも
書き続けて来たのだから


今年からは
曲数を増やす事を始めて居た。




ただ
それが
この日の私には厳しかった。


当日の本番で
曲をカットするかもしれないと
ギタリストさんには
伝えて居た位に厳しかった。


だけどカットしなかった。

予定通りで突っ切った。



辛かったけど
自分で決めた事だから遂げたかった。




どうしても
歌になって居ないと思った
楽曲も在った。


息継ぎが
まともに出来なくて声にならない。


苦しいだけ。
苦しいだけ。
苦しいだけ。


それでも
なんとかステージを終えた。





客席には
大好きな人達が居てくれた。

見守って下さって居た。


初めてお目にかかるお客さまも

目が合えば笑顔を下さったり
頷いて下さったり。


観て居て下さった共演の方も
突っ込んだりしながら
見守って下さって居た。



あったかいその空気に
とてもとても救われた。



まささんが
この日も
月下陽香のライブを
写真として残して下さった。






この夜
そこに私はリベンジを掲げて来た。


次も無いままで
苦しみを引き摺って
何か月もを過ごすのは
苦し過ぎるから


今回は

自分が
納得出来て
楽しかったって思える夜にしたくて
たまらなかった。



だけど
体調も立て直せなかったし
歌もボロボロだった。



ステージに
自分で
合格点は全くあげられなかった。



悔しかった。
悲しかった。



だけど

ライブ出来て良かったと思えた。


だから

もし
次のステージを頂けるのならば


息継ぎが出来るように

それまでに
また
治療を続けてゆけたらと祈った。

【「失うばかりでわからなくなって。」(2015.6.29)】





ステージが終われば
もうくたくただった。


しんどくてたまらなかった。



とにかく
早く着替えなければ
最後の出演者さんを観れない。


汗をかいて
喉もカラカラ。



立って居るのも辛くて

早く
空調の効いた中で
座りたかったけれど

なんだかバタバタして居た。



最後の出演者さんは
半分も観れず。

しかも
観ながら
荷物を片付けなければいけないと言う
失礼な観戦をしてしまった。


でも
意識は
ステージに向けて居て。


つられて
笑ってしまうような雰囲気のステージは
心地よかった。







全てのステージが終わった後は
1時間弱程だが
終電まで
お店で過ごせる時間が在った。




いつも
気に掛けて下さる
大好きな方々と話した。



このブログも
いつも
きっちりと呼んで下さって居る方々。


私の事を
とても
大切に想って下さって居る方々。




この夜は
いつも以上に
心配も沢山して
駆け付けて下さった。

本当に。

私を想って
心配して
会いに来て下さった。





そのおひとりは
ミュージシャンでいらっっしゃる。

私は

その方のステージを
何度も観て居る。


その方の文字も
ずっと見て居る。


大きな信頼をしてる。



とても辛そうな私にも
とても辛そうな月下陽香にも

その方なりに
色々と考えて下さって
感じた事や思った事を
お話下さった。


それは

私が
前年の末ごろから
薄っすらと描き始め

この年の始めり頃から
これから先は
そうしてゆきたいと

思って居た江面
そのものと言ってもいいような内容だった。


やはり
この方は
私の事を
とてもご理解下さって居ると思え
有難かった。




ただ。

今の私には出来ないと
私は思って居た。

一度に多くを起こせる
体でも環境でも無いのだ。

どんなに頑張っても
今は無理だ。



だから

私は

まず 
ここに書き始めた
過程を綴る記事を書き終えてから

身体をケアしつつ
環境を整えつつ
新たに始める準備をしようと思い


日々
時間を掛け
労力を注ぎ

まずは書いて居た。

今日もこうして書くように。

必死で書いて居た。



決めた所までいかなければ
次には進めないと。
目指して書いて居た。




だからその事を伝えた。


ただ。
この日のこの時の私は 
もう最悪な体調で
頭も上手く回らないし
話す事も苦しい状態。


だから
ちゃんと伝えられなかったのだと思う



自分なりには


自分なりに
その事には気付いて居て
その方向へ向かう事は
考え始めて居るけれど


「今は無理なんだ」と

伝えたつもりではいたのだけれど・・・。



どう伝えても
話はそこで終わらなくて。


何度も
同じ話が
繰り返し
投げ掛けられてしまう感覚を
覚えてしまって居た。






活動の裏側に
直面するような会話は


出来れば
ミュージシャン同士でして居たい。

信頼できるミュージシャンと
ちゃんと話したい。




なぜなら


観に来て下さる方々は


友達で在れ
恋人で在れ


会場では

お客さまだと
私は思って居て。



お客さまには

サプライズを
いつ
もどこかで
考えて在りたいから


裏側の
構想と言うか
企みと言うか


そう言った話は
聞かせたくはない。


特に
今後の展開は
伏せておきたい。




しかし
そこはライブ会場の店内。


私の事を
もう
ずっとずっと前から

その日
そこに居た人達の
誰よりも昔から


応援をして下さって居て


今では
大切な友人の1人でも在り


私みたいな人間の事を
大好きで居て下さる方も
駆け付けて下さって居た。




同じ店内の
同じ席に居る
顔馴染みだ。


となれば・・・。



会話は
自然と
その方も
交えたものとなるだろう。




お2人ともが
私を想って
一生懸命だ。


お2人が
互いに賛同しあい
私に話をして下さる。



だけど


同じ事を言って居るようで
話の中身が違う。





ミュージシャンの目線で
気に掛けて
話してくれる方と


ファンだと言って
応援下さり
話して下さる方と。



それは


経験から
色々なやり方の提案を下さる方と


して欲しいなと思う願いも
織り交ぜながら
次々と
問いかけてくれる友人と。 



話の議題は同じでも

それぞれの
目線と要求が違うから

話はちぐはぐにもなる。





その日
私に対して

本当に
大きな
ご心配を下さって居た分も 
話は熱を帯びてゆく。



だけど
私は

その時
とても辛くていっぱいいっぱい。




「わかってる」と

「だけど
 今は無理だから待って欲しい」と

何度も繰り返しても


同じタイトルの
ふたつの会話が


同時に飛び交って
問い詰められているようで


絶不調の私の思考は
全く付いて行けなくなる。


申し訳ないのだけれど
考えられなくなってしまう。



近くには
他にも
駆け付けて下さった方も居られ


話すなら

その方もわかる会話で
交えて…と

気になるのだけれど


それも出来ない雰囲気と言うか

私の思考が
全く
そこへ切り替える事すら出来ずに
止まってしまい


他のお客さまを
ほったらかしにもしてしまった。






終電ギリギリの電車の時間となり
お店にも
適当な挨拶だけで飛び出して駅へ。



帰り道は
店内でお話をした方々と駅で会えて
途中まで一緒だった。



月下陽香のライブで
お知り合いになって下さったおふたり。


お2人共に
日頃から
とてもお世話になって居て
私を愛して下さって居る。



この2年程の月日の後に


3人で並んで
電車に座って居る光景は
不思議だった。


未来はわからないんだなと思った。



だから
もしかしたら
まだもう少し

月下陽香は
頑張れるだろうかなんて
夢も見たくなった。



とっても嬉しかったのだけれど



会話は
店内からの続きに行き着いてしまい


どうしても
どうしても


その日の状態の私には
飲み込めなかった。




ひとりになってから
一生懸命考えたけれど

考える程に苦しくなってしまった。





その日の私は
本当に辛くてたまらなくて。


今日言われても無理だよって
私の心の声は言う。


すると
もうひとりの私が言う。


貴重なお時間を
心配して駆け付けてくれたんだよ。


きっと
凄く凄く心配して
何とかしてあげたいって思って

会場に来る前から
色んな事を考えてくれてたんだよ。


それなのに
なぜ苦しく受け止めてしまうの?







精神的に
ぐちゃぐちゃになってしまった。

消化が全く出来なくなったまま
日が過ぎて



数日後の練習で
ギタリストさんに話を聞いて貰った。


まだ
この段階では
私の精神は
もう滅茶苦茶なまま。



何も受け付けない程の
どん底の体調の中で

懸命に目指した場所で

やっと終えた途端に

一斉に
責め立てられるように
想いを述べられて

ぐちゃぐちゃになったまんま。




辛い想いを吐き出した私に

私の辛さも理解しながらの

理解を求めたい気持ちだけで
いっぱいになって
肝心な事を見失ってはいけないと
諭しも与えてくれた。



それにはとても納得が出来た。

その後も色々と考えて
やっと
想いは言葉になり始めた。




お話下さった方からは
とても優しい
有難いメールも頂いて居る。





この記事を書き終えたら
その方に送るメールを書き上げたい。
ちゃんと伝えたい。

お礼もお詫びも想いも。


私には
私の
事情も感情も在る事も。



それを終えてやっと


私は
この日のライブを終えるのだと思う。


それを終えなければ

この日のライブは
また
辛い記憶に塗られてしまうように思う。



それではいけないんだ。







この
6月28日のライブの後

月下陽香の
次のライブの予定は
まだ決まって居ない。



目指し立てる場所の無いままに
痛む練習を重ねる事には
もう疲れてる。


もう
そんな練習は耐えられないと

我慢できないと

感じてる。


だから
出来れば秋頃を目標に

どこか
歌わせて頂ける場所を
与えて頂ける機会が在る事を
願ってる。



ひとつ
お声を掛けて頂いたのだけれど

私が
電車移動で
自力で辿り着ける場所では無くて…。

残念ながら断念。


通える所で
ひとつ
決められたら有難いと願う。






今週は
仕事で練習は出来ないけれど

来週からはまた
目標の無い練習。




嫌だ。



だけどね。

これまでよりも
辛くない気持ちで居るんだ。


ほっとしてる。



持病の進行がとても怖いから
ケアもしたいし
新しい仕事も
まだやっと1ヶ月だしね。



それにね。

やっと。
月下陽香の
次の形を
具体的に考えられる所に
立ったかなって

今日思ってるんだ。







2013年から


月下陽香は


ステージの上でも



「摂食障害」と

「リストカット」
「自傷」を

掲げて活動をしてきました。


選んでそうしました。




私の歌は

暗い
怖い
痛いと


沢山の否定もされて
傷付いてきた中で


それを掲げる事で


なぜ
自分がそんな楽曲を生み出すのか
伝わりやすいようにも思いました。




私にとって


「摂食障害」と「自傷」は

人生の
ほとんどを埋め尽くすものです。





誰にも言えずに
隠し通し
苦しんだ20年間。


カミングアウトをし
止めたいと思い

でも

何度も何度も引き戻されて


それでも
向き合って
生きる事を始めた10年間。



その間には
名前までも変えました。




そして
私は
40歳を過ぎたこの歳になって


やっと


この3年間


自傷行為から
離れて生き始めて居ます。






摂食障害や
自傷の

始まりであった

小学校低学年のの頃から

現在の私に至る足跡を


2013年7月7日以来
ここに
記事としても書き続けて来ました。




関係の無い事も
音楽の事も
家族の事も

色々と書いて居ますが


その中で



摂食障害と
自傷癖と

共に過ごした足跡を


ひとつひとつ

記憶を呼び起こし
書き綴ってきました。





2013年の7月7日から

今日までに

648の記事を書きましたが

その内
過程を綴った物は
276記事になります。





正直辛かったです。



自分で決めて始めたのに。


何度も後悔もしました。



顔も名も明かさない人からの
酷い言葉も沢山届きました。

あちこちに貼り付けられて
異常者扱いもされました。


いやらしいスレッドに貼り付けられて
侮辱もされました。



知り合いの
からかいも
胸に刺さりました。



身近な人の否定は
深く傷付きました。




辛い記憶は

泣きながらでしか
記事にはなりませんでした。


書きながら
吐き気が止まらなくなる事も在りました。


狂いそうだと
真剣に感じた事も在りました。




それでも
途中で止める事は考えませんでした。



書き終える時には

必ず

私は


全ての自傷から
離れて生きるんだと


目指して書き続けました。



途轍もなく
膨大な時間も注ぎました。


命を掛ける勢いで書き綴りました。





そんな私の横で
ギターを弾き
共に
そんなステージに立って下さって居た

ギタリストさんには

誰よりも大きく感謝をして居ます。



共に立てば

同じ偏見にさらされる事も在るだろうに


私と一緒に居て下さった
ギタリストさんに感謝します。








私が綴って来た
全ての記事は
カテゴリに
振り分けて置いておきます。



同じような痛みに

満ちて在る誰かが

必要に思う時に
ご自由に


おそばに置いて頂けたなら
有難く思います。





私は
直接的に
何かを出来る訳では無いです。


でも。



こんな


摂食障害者が
自傷癖者が


実際にこの世に存在し


30年以上を掛けても

克服が出来た事



それは
医療に頼ってでは無い事を
ここに書き残しておきます。









過程を綴る記事は
今日

現在と手を繋ぎました。



私は


2015年の7月を生きて居ます。




今日は2015年7月7日。







これからは


なぜ
私が



あらゆる自傷から
離れて生きられるようになれたのか


その答えを


あくまでも
これは
私の経験の上での持論ですが

次のカテゴリに
書いてゆこうと思います。




想いが言葉になる度に

これは
答えのひとつだと思える記事は


書いて
このカテゴリに置いておきます。


私が今 
胸に感じる 

答えは 

ひとつではありません。


沢山在るんですよね。

だから
それら
ひとつひとつを

記事にしたい時に書いて


このカテゴリに振り分けておきます。

【「10・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(書き終えた私なりの答え)】※現在執筆中。


それは

これまで程に急がずに

その都度

答えは
日々
鮮明になるでしょうから

書き加えてもゆきます。



「きっとこれだ!」って
想う事は
ひとつでは無いし。


その都度の答えを
書いてゆくつもりです。






だって

まだ
答えは
どこにも
きちんと書いて居ないから。




だけど




過程を綴る作業は

今日で



おしまいです。








これからは

もう少し楽に

そして
マイペースに 

書いてゆきます。





もう少しの時間が過ぎたら
ランキングサイトから
離れる事も考えるかも知れません。



記事に注ぐ
膨大な時間を短縮したら
SNSにも
戻る余裕も
見付けてゆけるかも知れません。



出歩けない私には
それも
ひとつ「あり」だとも思います。





この数年は
過程を記事に書きながら


捨てて生きたように思います。




これからは

本当に欲しい物は
得る為に注ぎたい。




今よりも
正しく我が儘な
インナーチャイルドを目指したい。








とことん
私なりの
勝手な言い分ですが


頑張りました。



本当に。


めちゃくちゃに頑張って綴ってきました。



やっとこれから。



私は


残りの自分の人生が
今より
楽に穏やかに在れる事に
全力を注いで
生き終えたいと思います。









信じて読み続けて下さった方々に

心から感謝を申し上げます。

ありがとうございました。





これから書き始める
私なりの答えにも


もっとお気楽に
日々を綴る私にも


お付き合い頂ければ幸せです。

本当にありがとうございました。









私は
一摂食障害者で在り
一自傷癖者でした。



世の中には
本当に沢山の
摂食障害者さんや
自傷癖者さんが居られます。



原因も理由も想いも
捉え方も感じ方も

皆さま
それぞれにおありです。



私は医師では在りません。



克服に30年以上も掛けた
ええ歳こいたおばちゃんです。




やっと
克服し始めて3年の私には
何のチカラも無いけれど。



克服を望んで居られる

摂食障害者さん達や
自傷癖者さん達が



私のように

人生のほとんどを
苦しみ抜かずに


穏やかに生きて在れる未来に
早く辿り着けるよう
心から祈ります。



ありがとう。





ありがとうございました。







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月下陽香

Author:月下陽香
「月下陽香(げっかようこう)」の
ステージネームで
オリジナル楽曲を発信しながら

創作陶芸作家としても活動中。


このブログには
私がかつて
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