❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:.:*:♪ ・らいぶ情報・ ♪:*:.:*:♪

     ❤ 2017年2月11日(土・祝)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-(選べる1ドリンク&1フード付き)
18:00 オープン  19:00 スタート
★月下陽香&井上タイキ・HAT TREAT ツーマンライブ!!

     ❤ 2016年11月6日(日)
大阪市北区・東梅田駅~5分  Live Bar 
「 B-flat 」
※ 料金¥1500-+1ドリンク別途要

     ❤ 2016年5月22日(日)
大阪市北区・東梅田駅~5分  Live Bar 
「 B-flat 」
※ 料金¥1000-+1ドリンク別途要

     ❤ 2015年12月25日(金)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 
「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-



  ♪:*:.:*:♪ ・CD情報・ ♪:*:.:*:♪

  ◆ ファーストシングル ・ 花いばら ◆
            2曲入り ¥500-
            2014.5.24 発売
花いばら

  ◆ セカンドアルバム ・ 生きてるからね。 ◆
            6曲+1曲入り ¥1000-
            2011.8.21 発売

いきてるからね。

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壊れ狂う夜。

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花は絶やさずとも


召された命は
帰っては来ない。





バイト中
とても体調が悪くなり


それでも
最後まで必死で働いて
ふらふらになって帰宅したのは

一昨日の火曜日。


それでも
帰宅後は
本業も出来るだけした。




翌日もバイトが在るし

とにかく眠りたくて。



心身共に
バランスの悪い時は

アルコールは
飲まないようにしているのだけれど


勢いで
眠れたならと願い


夕食時に少し飲んだ。



350の缶ビールが1本と
焼酎のお湯割りを1杯。

それだけ。



私が
酔う程の量には

程遠い。




意識もしっかりして居た中で
薬を飲んだ。


そして

間もなく眠ろうと


歯を磨き

ハンドクリームを塗ったり
目薬をさしたり


いつも
ベッドに入る前にする事を

していた事は

覚えて居る。




そこからが記憶が無い。


私の記憶では

その後
ベッドに入り
眠りに付いたと

思いこんで居た。




朝はいつも通り起きて。


体調はイマイチで。


体のあちこちに
青いアザが出来て居て。

首や頭がとても痛くて。



それでも

一生懸命出勤して
バイトして
帰宅して。



届いて居たメールを見て

驚いた。




無い記憶の中で

私は

とても大きな迷惑を
掛けてしまったようだった。



救急車を呼ぶべきかと
悩ませるような

心配を
掛けてしまって居た事を知った。


申し訳ない。



最もしたく無い事だ。


とても苦しむ姿を
知られてしまった。



陥ったパニック状態を
知られてしまった。



その日まで
積み上げて来た

強がりは

バラバラと剥がれ落ちた。



でも
その人は責めなかった。


ただ心配をしてくれた。

有難かった。



なぜ
そんな事が起きたのだろうか。


残る記憶を整理して


この数年で
重なり続けた苦痛の


未だ
消化出来ない出来事を眺め

少しだけ
理解した。




多くを背負い過ぎて

重なり
傷み過ぎて


それでも
我慢して我慢して。


だけど
もう出来なくなって。



出来なくなった自分を


責め続けて来過ぎたと

思う。












2013年から

月下陽香が

ステージの上で必ず口にして真ん中に掲げてきた

「摂食障害」

「リストカット」

「自傷」。


私にとって「摂食障害」と「自傷」は
人生のほとんどを埋め尽くすものである。


これらと共に生きた20年間と
向き合って生きる事を始めたこの10年間を経て。


摂食障害や自傷の始まりであった
小学生の頃から
現在の私に至る足跡を

2013年7月7日以来記事として書き続けて居る。


2014年7月7日より
2年目を迎え
それについても触れて居る。

【「自傷と摂食障害を晒す選択。」 (2014.7.6)】


順番に綴ってきた記事は
「かてごり。」に時代別に分けてあります。


【「1・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(小学生の私)】
※4つの記事があります。

【「2・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(中学生の私)】
※7つの記事があります。

【「3・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(高校生の私)】
※12の記事があります。

【「4・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(大学生の私)】
※17の記事があります。

【「5・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代前半の私)】
※61の記事があります。

【「6・自傷と共に生きてきた過程の0始まりから。」(20代後半頃の私)】
※50の記事があります。

【「7・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(30代前半頃の私)】
※69の記事があります。

【「8・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(30代後半頃の私)】
※42の記事があります。

【「9・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(40代に向かう私)】
※現在執筆中。





時に過程の続きから離れて現状や想いを記しながら。

【「寂しさに狂う。」(2015.3.9)】

【「絶望にも果てが在るなら。」(2015.3.10)】

【「絶望は精神的死。」(2015.3.11)】

【「届かぬ叫び。」(2015.3.12)】





過程を綴る記事は現在の私へ繋がる時代に辿り着き書き続けて居る。

【「呪いをどう解き放てるのだろうか。」(辿り着けるまで・1)(2015.3.1)】

【「自傷癖を呼び戻す者を知れど。」(辿り着けるまで・2)(2015.3.2)】

【「キズグチを愛せた時に。」(辿り着けるまで・3)(2015.3.4)】




数日

過程の続きからは

また
離れて居る。


心が動かない。



今日
死に向かわない事が

今日の目標で


毎日は
境界線の上。








この数年。


色々な
痛む出来事が続き過ぎた。


それらを

改めて
心が理解し始めた。



心の中で

まず
とても目に付いてしまうのは


大阪で
音楽活動を始めてからの出来事。



本当に
死に物狂いで
頑張って頑張って。


失った歌声を取り戻して

復帰した
音楽活動の中。



確かに

嬉しい事も
楽しい事も

在ったはずなのに。


そのほとんどが
色褪せて見えるのは


小さなそれらを得る為に

日々に
大きな我慢を
課せられて在ったからだ。



我慢して我慢して
無理をして


そうでなければ
在れなかった。


それでも
そこを選び
しがみついた事も事実だから


それは
少しづつ

理解と
消化を
続けられるようになってきている。




でも

メンバーに
楽曲を殺された行為は

やはり
余りにも深い傷となり過ぎた。


バンドから離れて
月下陽香として
活動を始めたものの


私の中には
いつも
その傷が疼き続けた。




数人のサポートプレイヤーと
活動をしてもみたが
上手くいかなかった。


今ならば
その理由が少しわかる。


私は
彼等を信じて居なかった。


不満を飲み込み

おだて
あやし

我慢して背負った。




なぜならば

私の中には

植え付けられてしまったからだ。


信じても裏切られると。


向き合おうと
どんなに努力を重ねても


奪われる

盗まれる。


私のスタイルは

否定される。



踏み込めば
傷付けれられるから
並んではいけない。




我慢を重ねる程に

自分は磨り減った。


その上

それに気付かないサポートは

私の
おだての言葉を鵜呑みにして
問題行動が起こされては


私は
見えない所で
詫びてばかり居る。



だけどそれらは

結局は
当時の自分が
選んだ道で在ったと言う事も


最近では
少しづつ消化を始めて居る。





それはきっと
現在のギタリストとの活動が
始められたからだ。


彼とだけの活動になり


私は
自傷行為からも
距離を置き始めた。



安心を得たのだと思う。


それでも
私はいつも
どこかで
信じられず怯えて居た。



だから
彼にも

必要以上の我慢を
重ねた事も在った。


でも
彼との関係は



それらを越えて在り


私は
彼には
正直に向かえて居る。



その分
彼の負担は
大きいのだろうけれど。




やっと信頼を持て
活動が始まったのに


もう
体は以前のように動かなくて


しかも


環境は
私を
縛り付けるものとなり


日々は

亡くしてしまう恐怖と
向き合う悲しみに
怯え続ける事となり。







昨年の6月22日。


命は召され。



私は


きっと

これまでを振り返っても

ここまでの
深い
悲しみと寂しさは
感じた事が無いだろうと


確信出来る程の


大きな大きな
悲しみと寂しさに
埋め尽くされた。



感じた事が無い。


乗り越えた経験が無い
巨大な痛み。


どう向き合えば良いのか

わからない


深い
深い
痛み。






それでも
向き合おうとしてみた。


一生懸命に。



持病の治療を受けたり
バイトを始めたり


出来るだけ
小さな小さなものであっても
外出をして。


閉じこもらないように

外を見れるように


物凄く
頑張って居た。


物凄く
物凄く


私ね

頑張ってみてたの。




それでも
ライブも決められなくて


それなのに


練習をして

それはとても辛くて


何のために
こんなにも辛い練習を
ただ繰り返して在るのかも


心が
もう飲み込めなくて



音楽に関係する場所に
行く事をしなくなった。



羨みに
死んでしまいたくなるから。



静かに耐えて

少しでも
癒える時を待った。



ただただ
耐えて居た時に。


信じて来た人の裏切りを知った。


私の楽曲のタイトルを
無断で使われた。

【「垂れ流す偏在な毒の華はイキザマだから。」(2014.11.26)】


かつて
楽曲を殺された経験が在る私。


その傷は
まだ疼き続けて在り


未だ
日々

向き合いながら
苦しんで在るものの

ひとつであるのに。



また

私にとっては
同じ部類に振り分けられる痛みが


身体を突き抜けて


吐き気がする程の
怒りに襲われた。



なぜ
そこまでの怒りが生まれたのか。


記憶と
感情を

整理すれば

直ぐにわかった。



これまでにも
怪しい行為は
重ねられたと言う事。


それでも
言わずに我慢をしてしまいながら

そこに辿り着いたから


私の想いは
千切れてしまった。




何とかしたいと
悩んだ。

とても悩んだ。


それまでの繋がりを
想う程に悩んだ。


信じて居たから

大切だったから。



怒りを露わにもした。



それでも
消化出来ず悩んだ。


手紙も書いた。


それでも
この胸は理解出来なかった。


相手は
謝ってくれたけれど


それでも
私は許せなかった。



許せる時を待とうと
自分に言い聞かせ
努力をした。



でも
数ヶ月が過ぎても

私の心は
全く楽にはならない。

痛みは増してゆく。



傷付けられたのは
こっちなのに


謝った相手を
許せない

自分を

責めて責めて。





他にも
多々抱えて在る

問題への


思考も
不安も
嘆きも


更に強めてしまう程に


私の精神を追い詰めた。


食べても嘔吐する位
追い詰められた。



もう駄目だと思った。

壊されると思った。



私は
その傷を
心の中の箱にしまい
鍵をかける事にした。


今はそれで良いと思った。


鍵をかけてしまい込んでも

思い出してしまう。


それでも
後回しにする事にした。



もう
許せなくても良いんだと

思う事にした。


自分を
沢山責めてきたけれど


その件に関しては
それを止めて良いと思った。



無断で使われた楽曲名。


現在は存在しないが
そこが発信された事を
知って居る人が言った。



当人ではない
自分でも
未だ納得は出来ない

と。


そう言われて

自分を責める事を
ひとつ止めた。





多数の問題を抱えながら


どれも

とても
重たくて痛くて。


早く楽になりたくて足掻いてた。


足掻きながら

その順番も
わからなくなっていった。



ひとりになれば
泣いてしまう時間が増えた。




ひとつは
後回しに出来たんだ。


ならば

次は何をするのか
自分に問うた。




本当ならば

今日


以前暮らして居た土地まで
出向こうと考えて居た。



片道で3時間近くかかるそこは
私には
後日寝込む覚悟がないと
向かえないような所。



でも
行こうかと考えて居た。


1日も早くそこに行って
楽になりたい気持ちが
そうしようと言った。


そこで
本当の気持ちを
話さなくてはいけないと思った。



それを終えたなら
きっと

日々付き纏う
恐怖のひとつは
少し軽くなるだろう。



行かなくてはと
思って居た。




でも

今日が近付く程に
不安定が増した。



行ってどうするんだろう?



体力を消耗し
交通費を使い
神経を磨り減らし


1日を潰して
そこに行き


果たして

私が
全てを言えるのだろうか。



相手を前にすれば

どうせまた
情に押さえ付けられて


言いたい事は
言えぬまま


我慢だけを
重ねるんだろうに。



本当に
次にしたい事はそれなのか

自分に問い続けた。



違うと思った。




私は


本当に疲れて居る。


何よりも

精神が
深く疲れ切って居る。



心を休めたい。


心に静けさが欲しい。




怒りや
羨みや

悲しみや

寂しさで


充満してしまって居る心に


静かな隙間が欲しい。




私は行く事をやめた。


これは
箱に閉じ込める訳では無い。



でも
少し時間を掛けて
想いを言葉にし
文字として
届けようとは決めた


掛ける少しの時間が
長引く事のないように


少しだけ自分に課せた。



そうしながらも


果たしてそれが正しいのか
悩んでた。



だから
パニックになったんだろうと思う。







バイト先で

社長の奥さまに
ひとつお願いをされた。


4月のある日が
子供さんの入学式らしく

そこに行きたいから


その日の仕事を

私と
1番ベテランのパートさんに
任せたいとの事。



安心して行って頂けるように
頑張らなくてはいけないと思い
そう伝えた。


その時に
子供さんの事を少し聞いた。



子供さんが
奥さまに言うそうだ。


入学式で泣かないでよって。


お母さんが来て
泣いたら
友達に恥ずかしいから
やめてよって。



びっくりした。


そんな事言うんだなって。


子供って
親に

そんな事言うんだなって。




私は
子を持たない生き方を選んだ。


過去には
2つの命を闇に葬り


3匹の猫たちは
我が子のように世話をしたが


人間の子供を
育てた経験は無い。




でも
びっくりした理由はそれではない。


子供が

親に

そんな言葉を言える環境を
知らないからだ。



私の母は

異常な抑圧と束縛で
私を支配した。

口答えなんてした覚えがない。

許されなかった。


親に
要求なんて
怖くて出来なかった。


母にそんな事をしたら
何日もいびられて
手も上げられた。



そんな母は

私が10代の頃に
私の仕事先の上司と
不倫の上妹
を連れて消えた。




父は
ひとりでは何も出来ない人だった。


私は

ずっと

父の娘では無く


妻であり
母でなければならなかった。



父が
私に与えてくれるのは

自己満足の押し付けだけだ。



それをする事によって


親としての役割を
果たして在ると思いこんで居る父は


自分の中に
満足を得る為に


不要な物は与えてくれた。



だから我慢した。


我慢する事しか
出来なかった。


自己満足の押し付けで

私を

抑圧してきたと思う。




私は
いつも言えなかった。


言える選択を
親は与えなかった。







過ちの

始まりは

そこだと


改めて
私は確信をした。




パニック状態の私は

呂律の回らぬ状態で
沢山の言葉を
吐き出して居たらしい。



やっと聞き取れたひとつが


「 もう我慢させないで欲しい 」

だったそうだ。








上手く眠れなくて

だんだんと
食べる事も辛くなって。


苦痛は増していく。


日々
仕事をこなす事も
とてもキツイ。


気持ちも落っこちたまんま。




先日夕食をご馳走になった時。

その日も
そんなに食べられはしなかったのだけれど

サラダだけは完食した。



美味しいって思った。


身体が
野菜を求めてるように感じた。



昨日は
色々な野菜を
少しづつ買ってきた。



大好きだから
大抵
冷蔵庫に入って居る

トマトや
アボカドだけではなくて。



大好きなのに
あまり買わない

パプリカや芽キャベツも。


色々と買ってきた。




写真を写しておけば良かったな…


一所懸命
サラダを作ったんだ。


レタス・水菜・オニオンスライス・トマト・パプリカ・さやえんどう。

芽キャベツ・アボカド・コーン・ブロッコリー。



赤と黄色と緑と黄緑。


お気に入りの器に
可愛く盛り付けて

静かに食べた。



少しの芋焼酎と共に

独り言すら
ほとんど発さず

3時間程を掛けて
夕食を頂いた。



発したのはひとつのツイート。


そして
迷惑を掛けてしまった人へのお返事。


それだけ。




今夜が
冷静で在る事に安心したと

返信が入った。



昨日は記事も書かなかった。



大阪の空は雨上がり。



3月も
もう半分が過ぎる。



絶望は
私の真ん中で


黒く吹き溜まり



日増しに
大きさを増してゆく。





※ ライブ前後等を覗きコメント欄は暫く未設置となりました。
何か御座いましたらメールでご連絡をお願い致します。(2014.8.30~)

★。、:*:。.:*:・’゜☆。.:*:★。、:*:。.:*:・’゜☆。.:*

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自己紹介。

月下陽香

Author:月下陽香
「月下陽香(げっかようこう)」の
ステージネームで
オリジナル楽曲を発信しながら

創作陶芸作家としても活動中。


このブログには
私がかつて
「摂食障害」・「自傷癖」と
共存して居た頃の出来事を綴った記事も
多く置いて居ます。


私にご興味を感じて頂ける
御訪問者さまや

初めてお立ち寄り下さった方は

まずこちらをご覧頂けると
このブログが見やすくなるかと
思って居ります。

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よろしくお願い致します。

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