❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:.:*:♪ ・らいぶ情報・ ♪:*:.:*:♪

     ❤ 2017年2月11日(土・祝)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-(選べる1ドリンク&1フード付き)
18:00 オープン  19:00 スタート
★月下陽香&井上タイキ・HAT TREAT ツーマンライブ!!

     ❤ 2016年11月6日(日)
大阪市北区・東梅田駅~5分  Live Bar 
「 B-flat 」
※ 料金¥1500-+1ドリンク別途要

     ❤ 2016年5月22日(日)
大阪市北区・東梅田駅~5分  Live Bar 
「 B-flat 」
※ 料金¥1000-+1ドリンク別途要

     ❤ 2015年12月25日(金)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 
「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-



  ♪:*:.:*:♪ ・CD情報・ ♪:*:.:*:♪

  ◆ ファーストシングル ・ 花いばら ◆
            2曲入り ¥500-
            2014.5.24 発売
花いばら

  ◆ セカンドアルバム ・ 生きてるからね。 ◆
            6曲+1曲入り ¥1000-
            2011.8.21 発売

いきてるからね。

※ こちらからもお買い求め頂けます。
  「お便りはこちら❤」から お名前とご連絡先をお知らせ下さい。

残された僅かな時間ならば…会いたい。

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆




大阪は数日雨続き。


雨降りは苦手。

晴れた日が好き。


雨降りとは相性が悪いよ。



人生最後だと
思い込んでいるどしゃ降りは

もう15年近く前。


自死した人を


あの世に送り出した涙雨。






月下陽香の楽曲の中のひとつ

「月は陽(ひ)に焦がれ」。



この歌のサビで

私は


「逃げて来たんよ」

と言う言葉を繰り返し使っている。



逃げて来たから。

私は

大阪に

逃げて来たから。







当時暮らして居た土地で 

私は
何もかもを使い果たして居た。


心も身体も。


もう使い果たし過ぎて 

そこで生きてゆけるとは思えなかった。



タイミングを得られて 

大好きな大阪で暮らせる事になった。


ずっとずっと大
阪が大好きだったから 
うれしかった。



私の過去を知らない人達の中で 
もう一度生き直せるかもしれないと 
願った想いは 

今でも

昨日の事のように思い起こせる。





ここに来る前に暮らして居た土地よりも 
大阪は
私に優しかった。



それまでに
色々とやり過ぎた私には 
過去を知らない人達の中で
生き直せるようにも感じた。




寂しくもあったけれど 

それまでに暮らして居た土地の 
大事な知り合いの人達には会える距離で。


時間が合えば
大好きなミナミで待ち合わせて。



以前のように
人目を気にする事も無く 
飲んで話して。

楽しい時間もあった。






大阪が好きだ。



生まれ育った土地よりも 

長年暮らした土地よりも 

大阪が好き。





だけど
もう半年も居られない予定なんだ。


今度は


逃げるんじゃくて。





仕事の事や生活の事 
身体の事 

色々いっぱいに悩み続けて 
そうするしかもう選択が無いと思った。





恐らくは次の3月。


ここを去る。


すごい強運に恵まれたら 
半年くらいは先延ばし出来るかも知れないけれど 
可能性は低い。




3月に引っ越すなら 
もう2月頃からバタバタだろうし 

そう考えれば 

私が
大阪で動ける時間は 
本当にあと少ししかない。






転々と生きなければならない人には伝わるかも・・・。

この寂しさとか悲しさとか。

右も左もわからん街に
移り住む孤独も・・・。






時間が無い。

基本的に生き急ぐ体質では在るが 
更に急ぎ焦る。


自分の身体が 

少しの無理で出来る事には 


小さすぎる限界が在る事も
わかって居るから 
益々焦る。



いつでも 
スケジュールさえ調整すれば 
飛び回れる身体ではもうない。

持病も悪化してる。



実際に
発声にも苦しむ状況の苦痛は 
うまく言葉にはならない程に苦しい。






今の内。


本当に。


ついに。


本当に今の内。




だから

副業の出勤日は減らすようになった。



減らす分 
残業は全部受け入れる。


そうして出勤日を減らすようにした。




いつでも動ける身体じゃなくて。


小さな外出ひとつに 

私は 
沢山の準備をしないと叶わない身体になってしまったから 


あと少ししか居られない大阪での時間を 


少しでも少しでも 
悔いなく終える為に使いたくて 
副業に注ぐ時間を減らした。





だからと言って 
あちこち出掛けられている訳では無い。


実際には難しい。



平日の昼間 
数時間 
ひとりでミナミを歩く位で 
使い果たしてる。





抗がん剤治療中の父の家にも
行かないといけない事が多くて 

車でなら2時間もかからない道のりを 

電車と徒歩で3時間かけて行く時には 
余りにも使い果たして 
他に何か出来る余裕は残っても居ない。





私にとって 
思うように動ける時間は限られていて 


大阪で居られる時間も
あと少しとなると 



ただでさえ強かった

「今の内だ」と思う思考は 


ひたすらに育ち続けて 

脅すように迫る。






最後の 

本当に最後の 

お別れのステージを

選ぶのも今の内。

今しかない今の内。




行きたい場所に行くのも 

会いたい人に会えるのも 

今の内。




大阪で

当たり前に行けたけど 
もう一生行けないかもって思うと 
もう一度行っておきたい場所もある。




海遊館や 
天王寺動物園 
通天閣 
ハルカス 

ミナミの路地裏。





もう一度会いたい 

音楽仲間 

応援して下さった方々 


会おうねって約束してるのに 
まだ会えていない友人との約束





もし

許されるなら 

もう一度 
顔を見て話がしてみたいと願う 
深く関わった事のある人





お別れを言える時間が欲しい。


もちろん
これは自分の都合だけでは決められないけれど。







もう
20年とか越えてしまう前から 


まだ 

以前暮らして居た土地で 
がむしゃらに
「ミルクヴェッチ」ってバンドをしてた頃から 


ずっと 

歌う私を好きで居てくれて 
今でもライブにご来店下さる方が 

ちゃんとお別れがしたいって 
メッセージを下さって居たのを 
先程知りました。





おわかれ。


しておきたい。




今度は 
逃げるんじゃないから。




色々と

我慢とか現実とか 
病気とか 
親とか 

受け入れて選ぶしか選択肢がない決断だから。







相変わらず 

睡眠には苦労しながら。




余りにも眠れなくて
眠剤の処方もして貰ってたけど。



主治医を変える為に
色々と調整中で 

眠剤も我慢しながら 


非常に細切れに眠る夜に 

毎夜願う。





どうか


会いたい人たちに
会える現実を与えて下さいと。




どうしても
どうしても
それが無理ならば 


せめて

夢で会わせて下さいと。





夢でなんて会えたって 
何の意味が在るのかと 


ある意味馬鹿にして思っていた私が居たけれど 


最近は心底に願う。




今夜会わせてくれないかと。


あの人に 
あの人に 


夢で良いから

せめて会わせてくれないかと。





これでも 

こんな偏在でも 


こんな偏在なりに 

闘って 
晒し立ってきた数年でした。





沢山の引き換えが在りました。




晒せば晒す程に 

消えない傷も負いました。


晒したから 
得られた瞬間も在りましたが 
汚点を残したに過ぎないだろう現実も 
今背負いながら 

それは
自分が選んだ道だと諭しています。




月下陽香として 

サヨナラと

ありがとうを 

伝える機会が欲しいです。



陽として 

サヨナラと

ありがとうを 

伝える時間が 

会って伝える時間が 

少しで良いから欲しいです。







寒くなりました。



明後日7ヶ月ぶりに発声をしてみます。


怖いだけです。




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【「10・自傷と共に生きてきた30年を越えて。」(書き終えた私なりの答え)】






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命を削っても辿り着けないのはなぜ?

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆



カレンダーは10月を刻んでいる。


朝晩の空気の冷たさに 

指先は

嫌でも季節の歩みを知らされる。





「これが最後になるかも知れない」。



この数年

悩み苦しんで 

身体にも
心にも
限界を超え過ぎた自覚を 
これ以上誤魔化せないと

確信した私が 


「最後」を意識して立ったステージは

今年の2月11日。




「これで最後」だと
「引退」だと

言い切る事はせずに

「かも知れない」

と表現したのは 

まだ 
心が諦めきれなかったから。



出来るならば
どうかもう一度と 

願う想いは消せなかったから。



ステージの上は特別で 

そこに立てるまでに 
私は 
命を削ってまで注いで来た。

そこまでしても得たいものだった。



だから 

失う事はひたすらに怖くて 

何とかならないかと足掻く想いは 
殺しても殺しても息を続けて 

「かもしれない」と言う言葉に 

余りにも僅かな可能性を込めて
縋ったのだと感じる。




「サヨナラ」を言い切るにも 

覚悟が少し足りなかった。



いつも 
貴重なお時間を 
月下陽香の為にお使い下さり 

ライブ会場にお越し下さり 

客席から見守り 
耳を傾けて下さる方々 

大きな声援を下さったり 

涙を流しながら 
想いを重ねて聴き込んで下さる方々と


もう
お会い出来ないと思うと 

とてもとても

寂しかった。


寂し過ぎた。



そんな方々が 

この数年 

痛みの中で孤独にもがく私に 
居場所を与えて下さって居たから。

お別れは寂しくて寂しくて。
たまらなかった。



「かも知れない」

と言う曖昧な表現に 
再会を願った。




その後も
いくつかの記事を書いたが 

4月10日以降 
書く事すら出来なくなり 


5ヶ月以上ここを放置して 

やっと書いた記事が 

先月9月19日の記事だった。

【「残された時間の中で。」(2017.9.19)】






それから約1ヶ月。

やっとまたひとつ。
こうして記事を書く。






この夏は本業が忙しかった。


ここで
私が副業と呼ぶ医療事務員のパートは 
勤務日数を減らしたが続けて居る。


本業であるはずの陶芸の仕事は 
この3年程は展示会もせず 
静かに繋いで居るが 

今年の夏は
引き出物のご依頼を頂き 
とても忙しかった。



抗がん剤治療中の父の具合は
とても悪くて 

その為に消費される時間も多く 


それでも
ご依頼を果たす為には 
1日も休まなかった。


冷暖房の無い工房で 
1250度程にもなる焼成作業を続ける日々は 
身体には堪えたが 
心は救われた。


一心不乱に創作にのめり込む事で 

これからどうしてゆけば良いのか 
迷い痛む思考を 

遠ざけて居られた。

忘れて居られる一瞬も在った。



無事納品が終わり 
日常が戻ってくれば 


やはり

痛みは
ひとつも癒えてはいない事を思い知った。







2月11日にステージに立ったちょうど1ヶ月後 

そのライブイベントを共に立ち上げて下さった 
HATTREATさんのイベントで
3曲だけ歌って以来 

私は歌を歌って居ない。


1曲も歌って居ない。




そんな私なのに 

気に掛けて下さり 
時々メールや手紙を下さったりする方々が居て下さる。


「焦らなくていいよ」

「ずっと頑張って来たんだから 今は休んでも大丈夫だよ」

「ゆっくり身体のケアしてね」


そんな優しい言葉を下さる。





でも


私は焦る。




この3年 

私の身体の悪化は速度を上げて進行した。



それまでは 
無理さえすれば出来た事が 
どんなに無理をしても出来なくなった。



歌う事が苦しくてたまらなくて。


僅かな練習だけでも
命が縮小されてゆくのを感じる。


年齢的な劣化ならば誰にでも訪れる。

しかしそうではなくて。
もうどうしようもないのだ。





大阪で
音楽活動に復帰した時からわかって居た。


私に与えられた時間は限られている。


私が歌える時間は

あと少ししかないのだと。




だから

走って走って闘ってきたけれど 



まだ 

想い残した事はこんなにもあるのに 


私の身体は限界だと叫ぶ。


身体に無理をさせる心までが

もう疲れたと言う。





大好きな大阪にも
もう長くは居られない。


予定では
来年の3月まで。



とびっきり運が良ければ・・・
あと半年伸ばせるかもしれないが可能性は低い。


その後どこで暮らすのかもまだわからないが 


簡単に大阪に来れるような場所では
無いのだと思う。




どんなに会いたいと思っても

会えなくなる。

もう会えなくなる。


どんなに嘆いても


もう

二度と

音楽も出来なくなる。



時間が無い。

あと少ししか時間はない。



ちゃんとお別れをしていない。


サヨナラが言えていないの。



毎日

胸一杯に悩む。






ひとつだけ
相棒さんにお願いをした。


3月から1曲も発声していないが 

近々 
少しだけ 
彼に弾いて貰って
声を出して見ようと思ってお願いをした。



練習をすると 
寝込んでしまう位にボロボロになるから 
翌日に休みを貰えた日を選んだ。




あんなに苦しい練習はもうしたくない

と思う気持ちもある。

もう歌いたくない気持ちも在る。


だから
確かめたいのかも知れない。



やはり
思うような発声が出来ずに 

絶望に落とされて 


さらに
苦しむ事にしかならないのかも知れない。



その時に 

私には

何か決断が出来るのだろうか。







歌について悩み痛む時 
同じように考える事が在る。



このブログ
「癒え待ちよすが」の事だ。



月下陽香が歌わなくなった時に 


ここはどうするの?


このブログはどうするの?





ここには
私の人生が記されている。


始めの頃は
ただ
日常や気持ちを少し書いてみたり 
告知をしたりする程度だったけれど 



在る時からは 


摂食障害者で在り
自傷癖者で在った過程も 

記事としてここに晒して居る。




人生の半分以上の年月を 

摂食障害や自傷と共存した過程は 

記憶を巻き戻しながら 
順番に 

大量の記事として 

ここに遺して居る。



自分の汚れた足跡も 

真剣に晒して文字にしている。




嘗ては
賛否両論の中で 
怯えた事もあった。


ここまで全てを晒した事に 
後悔もした。



酷く傷付けられる事も多発したし 

奪われた事も沢山在った。




ただ 

過程を
ひとつひとつ 

言葉にして

文字にして 

書き遺す作業は 


心に閉じ込めて来た
沢山の感情を


少し
整理してくれた事も現実だったと思う。



初めて
自分の心に深く向き合った時間だったように思う。






今でも時々 

同じ障害を抱え 
今その中で苦しんで居る人から声が届く。



こんな偏在な私でも 

誰かに添える事があるのかと思う。




Facebookもとうにやめて 
SNSも限られたものしかして居ない私には 


月下陽香としての発信が出来る場所は 
結局はここしかない。



発信をして居る事で 


まさか
考えもしなかった 
欠片の期待もして居なかった人の声を
聞ける事もある。






でも。


歌えなくなったらね。 


私は

もう 


「うたうたい」ではなくなる。





月下陽香って何だったんだろう・・・。



うたうたい? 


偏在な精神的障害者?




その答えも
自分の中で決めないといけないのだろうね。





1ヶ月弱ぶりにやっと記事を書けば 


感情を散らかしただけのようにも思う・・・。



それでも 

想いを
言葉にして
文字にして
書き綴る行為の必要性は信じて居る。



お読み下さる方々には感謝しかございません。







『最後「かも知れない」』

と言う言葉を
選んで立ったステージの上に 


私の想いは詰め込まれています。



ご興味のある方は 
お時間のある時に 
ご覧ください。



歌だけでなく 

言葉を 


聞いて頂けたならと願います。







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残された時間の中で。

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日が暮れる時刻が
早まりつつあります。

虫の声も聞えます。


季節は秋を歩んで居ます。



前回の記事の更新は

4月10日。


薄紅色の花びらが 
ひらりひらり 

風に遊ばれるように舞い散り始めた頃でした。






あまりにも

疲れ果ててしまいました。


歌にも

音楽にも 


そこで関わる人達に受けた 
喜びにも 
深い深い傷にも。






「これが最後のステージになってしまうかも知れない。」


そう心底思い掲げ 
立ったステージは
2017年2月11日でした。





その1ヶ月後に 
HATTREATさんのイベントにお伺いしたのを最後に 

私の生活からは音楽がなくなりました。




月下陽香の活動に使用していた
衣装や小物や楽器…
すべてを片付けました。

CDも全部箱にしまいました。






歌い続けたいけれど 

もう
歌う事が辛過ぎて 
先も全く見えなくて。


最後かも知れないと強く感じ 

ステージを終えて。




少しは楽になれるかも知れないとも感じても居ましたが 


結局は 
毎日が苦しいばかりでした。


何をしていても空虚でした。



いつになれば
この苦痛を忘れられるのか
途方に暮れる日々でした。




音楽番組が始まればチャンネルを変えました。


音楽仲間だった人たちの
活動が出来る現状を知る事も 
気が狂いそうになるので避けました。




それでも
4月10日までは

ここに
言の葉を打ち放てましたが 


それさえも出来ない私になりました。



もう

言葉にすらならないのです。



痛みは
深ずぎて 

果てしなく大き過ぎて 

表現が出来ないのです。




そうであっても

社会に在らなければならない毎日に 


ここでは無い場所で 

月下陽香ではない私は 

一生懸命
嘘を重ね着ました。



とくに
仕事の関わる場所では 


元気なフリや 
平気なフリをする事を意識しました。



けれど


心の中にはいつも 
月下陽香で在る私が居て 
しきりに問うのです。

このままで良いのかと。





それなのに。


虚しい事に。


ただひとつ。

楽になった事もありました。


それは


「歌わなくても良い」

という事でした。




心は酷く虚しいのだけれど 


歌わなくても良いと言う思考は 

私に 
潰されそうな責任を背負わない時間をくれました。



歌の練習をしない生活は 


身体に対して
無理をさせ過ぎながら 

練習の度に
死にたくなるほどの痛みやだるさを
背負い続けて居た


この数年続いた闘いから 


私を解放したと実感しました。




これもまた

悲し過ぎるほどに 


身体が
生きて生活をすると言う事に関しては 
楽にもなっていたのです。






私にとって歌は 
何よりも大きな支えでした。



しかし 


私にとって

歌うと言う動作は 


この数年 


残りの命を日々削り取るような 
辛くてたまらない事でした。





ひとつの答えも出せぬまま 

相棒井上タイキさんと会う事もありませんでした。


3月にイベントにお伺いして以来
音楽に関わる人達とは
誰とも会わずに過ごしました。

閉ざして過ごしました。






ここも
1日に1回アクセス数をチェックするだけ。


もうやめようと思っていたランキングサイトも
そのままにしていました。




こんなにも放置しているのに 

平均して3~4位には居続けさせて頂いて居る事は 
時々救いでした。


まだ
ご訪問下さる方がどこかに居て下さるんだなと。







このまま 
ずっと。


音を避けて
歌を避けて 


痛みながら生きるしかないと思っていました。


今でもそう思います。





持病も悪化して居ますし 

環境についても 
大阪に居られるのはあと僅かになりましたから 


例えどんなに抵抗し足掻いたところで 

私には
あと少しの時間しかないのです。



おそらくは来年の春がリミットです。






このままで居ても 
何かしたとしても 
失う日は必ず来ます。


その後苦しむ日々も必ず来ます。

結局は痛みが続くのです。








前回の記事からちょうど5ヶ月。


9月10日に

諸口あきらさんがお亡くなりになられた事を知りました。




私が
大阪で活動を始めた頃に 


よくお世話頂いて居たお店で 

諸口あきらさんのライブが在り 


当時のメンバーさんに連れて行って頂いた時に 
諸口さんが
私にお声をかけて下さいました。


その場で歌を聴いて下さり

それがきっかけで
一時期歌のご指導を頂いておりました。



諸口さんのライブにも
何度か出演をさせて頂きました。




当時 

「歌う」よりも「叫ぶ」事しか出来なかった私に 


諸口あきらさんは
「語る」と言うスタイルを教えて下さいました。





まだ
無理をすれば出歩く事が出来て居た頃には ラ
イブにお伺いする事が出来ました。

お会いする事が出来ました。




しかし
この
もう4年になるでしょうか…


私自身がほとんど出歩けなくなりました。



自分の暮らす大阪で開催される
知り合いのライブでさえ 
出掛ける事がほとんど出来なくなりました。



どうしても 
諸口さんのライブにも 
お顔を見にもお伺い出来なくなり 
時間だけが過ぎました。




時々思い出しました。


諸口さんとは
時々ファックスでお話をさせて頂きました。

その中でよく言われました。



「陽は川の流れの様に生きる事を覚えなさい」と。

「川の流れだ」と。



私はまだ 

その
「川の流れ」の意味がわかりません…。


まだ考え続けて居ます。




答えが見付からないまま 

諸口さんは他界されました。






2月以来
歌に関わる画像を見る事もありませんでした


それなのに。


最近

ひとつだけ見返した写真がありました。




以前
諸口さんのライブで

「星の流れに」を

歌わせて頂いた時の写真でした。




そのすぐ後に
お亡くなりになられた事を知りました。



寂しいと。

悲しいと思いました。



後悔をしました。



もう一度会いにお伺いしたいと思いながら 
それを実行できずに 
お別れを迎えてしまった事。


後悔をしました。






「無様でかまわない。生きて在る内に。」


月下陽香の楽曲
「キズグチイバラ」の歌詞の一部です。



生きて在る内だったのにと 
自分を責めました。






そして。

やっと少し思考が動きました。




相棒さんに。

やっと。
やっと自分から連絡をしました。



先日
半年ぶりに相棒さんと会いました。



とくに深い話をする訳では無く 
近況報告と雑談と
数時間の散歩。





その後。

壊れてしまうから触れる事も出来なかった
2月11日のライブの動画を 
やっと整理しました。




YouTubeには
既にアップさせて頂いております。



MCも 
HATTREATさんもご一緒頂いた最後のアンコールも 
全てを収録した
ノーカットライブ動画と 


各楽曲のみの動画をご覧いただけます。




よろしくお願い申し上げます。








発声は


今の私にはとても辛い事です。




いくつかの持病の内



呼吸器は
この数年悪化が早く 
深い呼吸が難しい事も増えました。



手術を繰り返した顎関節も 

発声に対して
長時間は耐えられなくなりました。



人生の半分以上を囚われた摂食障害で 

恐ろしい数の嘔吐を続けた喉は 

どうしようもない程に傷み 

回復は不可能で 

発声には
大きな苦痛を伴うようにもなりました。




どんなに叫んでも叫んでも。

あと少しの時間で 
全ては終わるのだと 
自分が一番わかっています。






ならば。

出来る事ならば 

本当のお別れのステージが出来ればと。


そうする事が出来たなら 


心は
「終わり」を飲み込む準備が出来るのではないだろうかと 


思うようになりました。




でも
どうすべきかが何も見えません。



ただ。

やっと


YouTubeと 

ここにこの記事をひとつ 


更新する事が出来ました。





今でも気に掛けて

ご訪問下さる方々に



感謝致します。




◆月下陽香&井上タイキ in ライブスペース音
ノーカットバージョン




セットリスト
1.モザイク
2.浮草情火
3.月は陽に焦がれ
4.さくら(パッセンジャーズカバー)
5.アゲハ蝶
6.許されて在る。
7.伝えたい事
8.癒え待ち野バラ
9.キズグチイバラ
10.我も奏で者(+HATTREAT)



◆キズグチイバラ




◆癒え待ち野バラ




◆伝えたい事




◆許されて在る。




◆アゲハ蝶




◆さくら(パッセンジャーズカバー)




◆月は陽に焦がれ




◆浮草情火




◆モザイク









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約30年間の 出来事や想いが書かれた記事たちは
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桜と共に散りゆく命と。

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆



朝から
ずっと 

唸るような風の音を聞き続けて居る。



不安で怖くて
何度も窓の外を見た。



今日は通院日で
副業は休みだった。


通院が増えている。


通うのにも苦労は増えて居る。


遊びになんて
どうすれば行けるのかわからない。


練習なんて
もう二度と

出来ないのかも知れない。



と言う事は 


もう二度と板
の上には立てないと言う宣告に思えて仕方ない。




孤独でたまらない。


どんなに優しくして貰っても 
孤独でたまらない。




心の真ん中を
温めてくれるものが無い。


真ん中の空洞には 

ひんやりとした空白が広がっていて 

死にそうな位の底冷えの中で 
全裸で丸まって
どんどんと凍り付いて行くような 


途方に暮れる痛みが広がる。






昨日 
桜を観る機会に恵まれた。


重なるように咲き誇る
ソメイヨシノの美しい事。

たまらなかった。



桜と言っても

沢山の種類が在るけれど 


ソメイヨシノの儚い色味は 

その
どれにも劣らぬ
潔い美しさを感じて

胸が鳴るのは私だけだろうか。



美しい。


とてもとても。


美しくて悲しい。






ソメイヨシノの美しさに囚われる中で 

目に付いた 
燃えるような濃いピンク。


近寄れば
その名に更に胸が鳴る。



ヨウコウ」。


板の上の私に 

大きな声援を下さる方と 

お仲間さん達の優しい笑顔を思い出す。




「陽香―ッタイキ―ッ」・・・。






最後かも知れないと言って
立ったステージの直後 

駆け付けて下さった 

これまでお世話になった方々と 

少しでも
お話をして
お礼をお伝えしたかったのだけれど 

その場の状況で 
私は
身動きが取れなくて 

まともなご挨拶も出来ずに 

自由に動けないままに
お別れをして 
ものすごく心残りで後悔をしている。


私を
よくわかって下さって居る女性が 
その時に
お声を掛けて下さって 


いつも来て下さる人達が帰っちゃうよって 
ご挨拶しといでって 

大きめに声を掛けて下さって 

やっと一瞬のご挨拶が出来た切り。



私には 
こういう後悔や苛立ちが
これまでにも沢山在ったから 

最後はって
思って居たのに 

思うように動く選択を
無理矢理我慢する思考しか
捕まえられなくて 

今になって後悔をして。


向けて貰える一瞬の感情は 
その後の私を
長く守ってくれる物では無い事が真実。


これまでもそうだったから
そういうのはわかるんだ。

でも。

その場では見失うのよね。



もう一度 

本当の最後で
もういい。

それでいいから。


会えたらいいのに・・・。





今日の風は嵐のようだ。


明日も
大阪もお天気は荒れるらしい。



大阪の桜も 

もうすぐ終わりかな…。


寂しくてたまらない春。



苦しいばかりの春。






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痛みは誰にも伝わらないから寂しくてたまらない。

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桜が咲いた。


大阪に

今年も桜が咲いた。


春が来てしまった。


置いてきぼりのままに。



心の真ん中が
空っぽで
孤独なままに。




私は

ここに 

とてもとても沢山の記事を書いて来た。


プロフィールをご覧頂くとわかりやすいかと思うが 


これまでの人生の
半分以上を 

呪われたかのように
囚われて来た 


摂食障害も

自傷癖も 

晒して記事を綴りもした。



その過程を 

それこそ
赤裸々に 

汚点も晒し

文字として刻み残してきた。


何度も何度も

自傷行為を繰り返してきた 

最後の
傷を重ね付けるように 

ここに遺しても来た。




そこには 

生まれ育った家庭環境も記してきた。


ご興味のある方はご覧ください。




私と父の関係が
どうしてこうあるのか 


過去記事を除いて頂ければ 

恐らくはご理解頂けるので。




もう 

今更
それらを
ここには一々書けない私も
現状に在ります。


自分の毎日も

命懸けですからね。


情けない事に。






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父は今抗
がん剤治療中。


昨年8月に胃袋を全摘した。

胃癌だった。



今年1月に
顔を見に行った時には 

抗がん剤治療中ではあったが 

まだなんとか乗り切っていた。



が。


先月行った時に 

愕然とした。


その顔色と 
痩せ細り過ぎて居る身体と 
状態に 


「もうすぐ死ぬのかな」と

思った位に。

悪化して居た。



酷かった。

本当に酷かった。


しかも

その身体でスーパーに行き 
大量の食材を買ってきていて

私に持たせた。


焦るかのように。






私は 

持病の悪化が進行している。


月下陽香として 

出来れば・・・

出来れば・・・


本当に
あと一度で良い。


その時こそ


「これで最後かもしれない」


ではなくて


「これが最後です」


と言い切って燃え尽きるから 

ステージに立ってみたい。



とてもとても
そう願いながら 


日々を
働いて生きる事だけで 

使い果たして失って居る。





どうすれば良いのか 


日に日にわからなくなる。



自分を追い詰める思考しか
生み出せない。


そして
同時に 

奪った者に斬られた傷の 
膿を
垂れ流している本音を知ってしまう。





鼻歌すら
もう歌わなくなった自分に

問う程に 


私は

もう 

話す事も苦しい事を知る。






桜が咲いた。


今年も咲いた。



月下陽香の今年は 


朽ちゆくだけなのに。



桜が咲いてしまった。




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自傷も嘔吐もやめられはしないのだろう。

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通勤路。


通りすがる家々の庭は 
彩を増してゆく。


近所の桜も
ほんの少し
花びらを広げ始めた。


数週間前まで 
厚いコートを着込んで出勤していたのに 


さすがに
もう 

薄手の上着を羽織る位になった。



季節は歩みを進める。


私の
身体やら
心やら 
置いてきぼりにしても 

そんな事関係なく 

季節だけは
歩みを進めながら 



きっと
私は
もう戻れないと 

追い詰めて突き付けられる。




抗がん剤治療中の父の具合も 
驚く程に 
悲しくて心の置場が見当たらない程に 
悪い。



そして


私の病状と体調は 

これまた

少し前に予想していた以上に悪くて 


それでも
必死で働いてこなしゆく日々は 
積もりゆく。



身体のあちこちが

痛くて辛くて 
息苦しくて。

ひたすらに辛い。



相棒さんも体調を崩しているようで。

それでも
駆け付けてあげられない事が申し訳ない。

でも
何もしてあげられない。
メールするだけでいっぱい。




月下陽香で在る事を 

どのタイミングで消すべきか。


ふと思うんだ。



「どうかもう一度」と
願う想いは 

まだ 

まだ 

細い細い1本の糸で繋いで居る感じ。




でもね。


本当に苦しいから。



それに見合うかと思える位の 
犠牲を払えるものが見えなければ 



それこそ
また
命を削るだけで 
死を手招きするだけになるから 


躊躇もすれば 

挑む気持ちも

どんどん痩せてゆく。



いっそのこと 
消えてしまえば良いのかも知れない。





来年の今頃 

大好きな大阪には
居ない可能性はとても高い。



だから
見たい
桜も
ステージも在ったのに。



どれもこれもが

命懸けになるなら 


その価値があるのだろうか。





相変わらずに
上手く眠れない日々は 


早朝起床での出勤がなければ 
頼りはしなかったのだろうけれど 


社会に在るには
私には
そう言う訳にはいかなくて 

眠剤は必須になり。



それでも

目覚める度に眠れる夜は
一日も無くて。



一度目覚めてしまえば 


巡る記憶と
浅い眠りの繰り返し。




その中で 


また
見た
浅い夢。



切りたくて切りたくて 

ついに
一度

してしまう夢。



吐きたくて食べたくて。


食べたくて吐きたくて。


思う存分に
食べて吐くんだと
食べ続けながら 
吐く事が怖くて怖くて。



それでも
吐かなければならないと思い 
苦しんで居る夢。





この世に在る限り 


私が

私の理想を捨てて生きない限り 


こんな悪夢は

付きまとうのだろうと思った。





自傷癖者にも 
摂食障害者にも 

その終わりはないのでしょうね。

依存症には 
依存に対する終わりは
死ぬまで無いのでしょうね。



それを

受け入れて 

日々向かい合いながら 
折り合いを探してゆくしか 


戻らずに生きる術は

ないのだろうと 

とても思う。





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居場所がない。

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家のすぐ近くの公園には 
数本の桜の木が在り 

春には花がほころび 

季節を知らしめて 

艶やかな儚さを目に見せ付ける。



今日
見上げれば 


数輪の薄紅色が 
恥ずかしげにも見えるほどに
花びらを開き始めており 


そうか…

本当に春が来てしまったんだと 

この胸に言い聞かせた。





心の行き場がない。


悲しみや

疑いが犇めく。



諦めを言い聞かせる虚しさが
首を絞める想いに
自滅を呼ぶ。




ほら‥
だから言ってたでしょ?

ずっと言ってたじゃないか。

あと少しだって。

だから走らせてくれって。

あんなに叫んで走ってただろうが。



その都度
この足を止めた者を
許す気持ちは 

今でもどこにも生まれない。





次の週末には 

大阪にも桜が咲き誇るのだろう。



何を思おうか。


誰を想おうか。




思うようには
動けなくなった
この現状を 

連日
責め立てる想いだけは 

やっと少し小さくし始めた。



何をしても 


どんなに言の葉を使い尽くしても 


この痛みが
誰にも伝わらない事も

もう十分に思い知った。



伝えたいと思う程に
無駄にキズを追う。


人を求めない生き方を
選ぼうと刻んだ。


独りを選べば良い。


そうした方が良いのかも知れない。





音楽の世界に
戻りたくて
命を削り 

尽くして走った何年もが 

意味のなかったものに思える。


悲し過ぎてしまう。



もうやだ・・・。



早く消えなきゃ。


結局
そういう事なのかな…。



もう

居場所が見えない。





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動けぬ身体で見上げるだけの春・・・。

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動けないままで居れば 
忘れられてゆく。


そういうの 

もう悲しい程に知ってる。


だから


動けなければ


消えるより
消される。

そんなもん。

それが現実。



心はもがく。

足掻く。

そして嘆く。



月下陽香は

これから

どう

死に向かえば良い?



身体の動けない春に

心が吸い取られてくような日々。


日々

減りゆく現実に
怯える程に
心も閉ざす。



胸の内は明かさぬように 

取り繕う程に 

己を追い詰めて
閉じ込める。


閉じ込める。


とにかく閉じ込める。



直ぐに
アクセス出来るようにして居た場所も 
いくつも消して 
壁を立ち上げて。

消える為に動く事しかもう見えない。





今日から4月。




移りゆく季節に
惹かれるように 

君はまた 
美しく色づいてゆく。


労りの白い手に堪えられない。



僕は

ただ

仰向けで 


ひとひらの桜に

焦がれるだけ・・・。
焦がれるだけ・・・。






いつまで何が出来るのか 

もう
本当に
何も見えないし
見れないのだけれど…


少し先になったとしても 

2月11日のライブの動画は 
YouTubeにアップして置くようにしますね。



その時には
お知らせしますので 

どうかご覧ください。




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削る命に値するのか。

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昨日今日と大阪は良いお天気だった。

気温も高めで 


異常な冷性には
多少は楽に居られて 


それだけで
救われる意識が確実に在った。



手足の先に 

唸ってうずくまる程の痛みを感じる冷えを
連日で感じては
苦しむようになった最近は 


それだけで
破壊されそうな位に
悪化する症状に
泣きたい位の毎日が在る。



だか

ら少しの気温の上昇だけで 
私の生活はがらりと変わる。



でも
明日からはまた冷え込むらしい。

しかも明日は雨降りの予報。


大変だー・・・出勤。



でも。


自分でちゃんと働いて 
それにより収入を得られる事には 
いつも自分を誉めてやれる。


逃げてないと思えるから。



都合よく言い訳をして 

自分以外の人の収入だけに頼らずに 


他人の治めるお金を利用せずに 

この国に存在して在れる事は 


最低限
主張して良い資格を与えられて居ると 
私の思考は判断してる。





昨日。

お墓参りに出掛けた。


今の体調では
私一人では辿り着けない場所。

渋滞はしんどかったけど 
車の助手席で座ってそこに辿り着けた。



命日になるから 
この時期だけはいつも 
余程の事が無ければ
墓を参って来た。


もうすぐ桜が咲き始めるこの季節。



あの日 

マンションの階段で 

首を吊って死に至ったあの人は 


どれ程に
孤独だったのだろうか。



遺された者達の
悲しみや無念に 

想像を侍らせる余裕も
欠片も残らぬ程に 


追い詰めたのは 

何だったのだろうか。



少なくとも 
平均的以上に 
あらゆる面で恵まれてはいたはずなのに。



でも。

今となれば 

その自死にも 
救われる現状さえある事にも 
納得を覚える。



人は

変わりゆく環境の中で 


やはり
自分の立ち位置は
とても重要であると思う。






基本的に
木曜日は練習日だった
月下陽香の

この何年か。


何年も何年も 
私の思考では木曜日は練習日で。


様々な理由で休む日も 
看護に疲れ果てて1~2ヶ月休んだ時も 

その意識は消えなかった。


良くも悪くも追い詰める意識だった。


それがなくなったこの1ヶ月と少し。


「練習しなければいけない」と言う思考からは
解き放たれた。


それにより得る身体への負担の減少は
確実に大きい。



それでも
日々辛いのだけれど。


毎週寝込む苦痛だけは
間違いなく減って居る。



けど。

心は寂しいと思う事が在る。

相棒さんと会う回数は当たり前に減った。


会える事は有難いのに
とても辛くて 
沢山自分を責めながら 
体調に苦しんで 

もう駄目だと
毎日痛んで居た数年は 


言葉には出し尽くせない程に 

辛くて辛くて壊れそうで 

それこそ死にそうだったのに。



無くなると 
ほっとするくせに
寂しいとも思う。


誰に会えないよりも
寂しい気がする。

勝手だね。


だけど 
良くわかる。

やっぱり相棒さんは特別な人なんだって。




本気で心底傷付いて 
もう駄目だと思った事が
一度だけ在る。


私にとっては 


私の全てを否定されたように感じて 

ボロボロになった事もね 

一度だけ在った。


それでも 
それも一緒に越えてくれた。



これまでに

音楽で私と関わって
私を傷付けた人達は 

みんな逃げた。



自分だけを守って 

自分の都合良く 
私の傷痕を無視して 
みんな逃げた。


だけど彼だけは違った。
最後まで沿うてくれた。




私は

月下陽香として生きた年月の最期を 
彼と過ごして在れる事に 
本当に本当に感謝してる。



もう少し。

あと一度でも。


彼と立てるステージが在ればいいのにと
思う気持ちは
まだこの胸に在る。


そこに向かうに当たり

命を削る覚悟が
持てるかどうかはわからない。


自力で起こせるかどうかは
もうわからない。



会場を予約して 
出演者様をお願いして決めて 
開催するチカラが 
どこに残ってるのか。


見当たらなくて 

結局は
次はないのかと

頭も心も抱えて立ち止まる。




今はまだ
考えないで居よう。

そう何度も自分に言う。


でも
もう少ししか時間が無いと思うと 

焦る想いも日々在り続けて 

少し先の自分の選択に痛む。






私は


副業で
ある会社に勤務している。

そこでは
処方箋を日々100数十枚扱う。


先日手に取った処方箋に 
あっ・・・と思った。


患者さまの生年月日。

○○年3月15日。


その日は15日だった。
3月の15日。




今頃どこで生きてるんだろう・・・。


もう他人でしかない 
どこに居るのかもわからない 
妹と同じ生年月日だった。



そっか・・。
妹ももう40になるんだ。

そりゃ私も40代を生き始めてるからね。
当たり前なんだけどね。


妹に 
長い年月の果てに
一度だけ会えた時の事は 


そういえば
ここに書いて居たね。


ここに載せてる写真の私が 
今見ると若いわ・・(笑)

【「顔。」(2012.10.1)】






月日は流れてく。


日々
自分で感じる以上の速度で
時間は過ぎゆき朽ちて逝く。



日々感じる。


この身体の持病の進行を日々感じる。


出来るならば
あと一度と願うけれど。


もし。もし。もし。


滅茶苦茶な無理をして
それを実現できたとしても 


それは
本当の最後でしかないだろうし 


そこまで自力で行ける自信が無い。


それもまた悲しい。




これまで
私は 

こんなにも命を注いで 



何をして来たの?





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心の呼吸を止めなければ。


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3月ももう後半。


この連休はお出掛け日和だと 
テレビの向こうで
お天気予報士が言ってる。




もうすぐ桜が咲き始めるこの時期は 

いつも以上に
「置いてきぼり」が身に沁みる。

胸に刺さって知らしめる。




先月の11日にステージを終えてから 

月下陽香は
練習もお休みしてるまま。

それはきっと一番に救われている事。


でも
救いと言えばそれくらい。


あとは
問い詰めて追い詰める思考に苦しい。



練習日だった木曜日が来ても 
寝込む苦痛はなくなったが 

相変わらず 
木曜の天気を気にしてたり 
無い練習のおやつを買ってきてしまったりしてる。



先月のステージ以来 
音楽に関われる外出は一度だけ。


前回の記事に書いた
HAT TREATさんのイベントにお邪魔させて頂いただけ。



あとは
仕事と通院と家事と。

それだけを必死でこなせば何も出来ない。


仕事すら 
副業は決まったシフトを懸命にこなすけれど 
その分本業の創作は遅れ遅れ・・・。



身体は 

異常な冷えと 
冷えからくる手足のしびれるような痛みと 

息苦しさと 

全く取れない疲労感に

日々揺らがされて立ち止まる。


手足の指先は
24時間じんじんと痛い。

唸る程に痛い。

うずくまって
足先を握り締めて唸って固まる時間が 
日に何度も在る。







YouTubeの用意も
まだ出来て居ないまま。



2月11日のライブを
早くアップしてしまった方が 



きっと
精神的には良いのだと思いながら 



身体に余裕が無い。




相当の無理をしないと
その作業が出来なくて躊躇してしまう。


「待って居ます」とメッセージ下さった方々 
もう少しお待ちくださいね。






今週の火曜日は
ホワイトデーだったんだね。

すっからかんに忘れてた。


バレンタインを頂いた方へのお返しは
少し前にしたのに 
忘れてた。



この日は検査で 
仕事を休んで居て。


帰宅したら 

相棒さんがホワイトデーの贈り物を 

先月送迎をして下さった相棒さんのご友人からは差し入れが 

ポストに入っていた。



やさしいね。
ありがたい。


立ち止まってしまえば 
目に付かなくなれば 
すぐに忘れるよ。
人なんて。


私が
命懸けで歌って居た事なんて 

すぐに忘れられてしまうのだと思う。


そんなもんだ。
きっと。

そんな扱いは沢山されてきたから 
そうとても思う。


でも 
こうして忘れないで居て下さる人の存在を知れると 
悲しみは一瞬和らぐ。




このまま。

動けないままに 


月日は
責めながら流れて 


朽ちて逝くような気がする。




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自己紹介。

月下陽香

Author:月下陽香
「月下陽香(げっかようこう)」の
ステージネームで
オリジナル楽曲を発信しながら

創作陶芸作家としても活動中。


このブログには
私がかつて
「摂食障害」・「自傷癖」と
共存して居た頃の出来事を綴った記事も
多く置いて居ます。


私にご興味を感じて頂ける
御訪問者さまや

初めてお立ち寄り下さった方は

まずこちらをご覧頂けると
このブログが見やすくなるかと
思って居ります。

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リンクから
月下陽香のYouTubeなども
ご覧頂けます。


よろしくお願い致します。

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