❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:.:*:♪ ・らいぶ情報・ ♪:*:.:*:♪

     ❤ 2017年2月11日(土・祝)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-(選べる1ドリンク&1フード付き)
18:00 オープン  19:00 スタート
★月下陽香&井上タイキ・HAT TREAT ツーマンライブ!!

     ❤ 2016年11月6日(日)
大阪市北区・東梅田駅~5分  Live Bar 
「 B-flat 」
※ 料金¥1500-+1ドリンク別途要

     ❤ 2016年5月22日(日)
大阪市北区・東梅田駅~5分  Live Bar 
「 B-flat 」
※ 料金¥1000-+1ドリンク別途要

     ❤ 2015年12月25日(金)
大阪市中央区・なんば駅すぐ  LIVE Space 
「 音(オン) 」
※ 料金¥1000-



  ♪:*:.:*:♪ ・CD情報・ ♪:*:.:*:♪

  ◆ ファーストシングル ・ 花いばら ◆
            2曲入り ¥500-
            2014.5.24 発売
花いばら

  ◆ セカンドアルバム ・ 生きてるからね。 ◆
            6曲+1曲入り ¥1000-
            2011.8.21 発売

いきてるからね。

※ こちらからもお買い求め頂けます。
  「お便りはこちら❤」から お名前とご連絡先をお知らせ下さい。

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痛みの方が多いから。

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆



少し出掛けた昨夜。


ブーツで見えないけれど 
お気に入りの靴下を履いてた。


夜の東梅田。


向かったのは
初めてお伺いするライブバー。



会いたい人が居て 
ご挨拶したい方々も居て 

想いはいっぱいで向かった。






「摂食障害者」「自傷癖者」で在った私の
発症から約30年間の過程を
2013年7月7日から
2年間を掛けて書き続けた記事と
その後書き始めた
原因や理由 克服について思う記事は
各「かてごり。」に安置されています。

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【「10・自傷と共に生きてきた30年を越えて。」(書き終えた私なりの答え)】








月下陽香のライブは
ひとつだけ決まって居る。



5月22日(日)

ブッキングライブイベントに
参加させて頂く事になって居る。





親しくして頂いて居る
大好きなミュージシャンさんの中に 


京都にお住いの
歌姫さまが居られる。



これまた
いつも気に掛けて下さる
ミュージシャンの方に

ご紹介頂いて 
出会えた方。



私には無い 
澄んだ美しい儚い歌声をお持ちの
とても素敵な歌手さんだ。



その方と
いつか
一緒のライブに出たいって 

とても思って居て 


でも 


今の私には 
身体にも
精神にも
それを立ち上げるような
余裕も力も残って居なくて 


言うだけで何
も出来ないで居たら 


その方が
お声を掛けて下さった。




その方は今 
ピアノ伴奏をして下さる方と共に
ステージをされていて 


その
ピアノを弾かれて居る方が
開催されている
ブッキングライブに 

一緒に出ましょうと 
言って下さった。




そのブッキングライブは 

彼女のイベントでは無いけれど 

私が感じるに 

彼女にとって
物凄く大切な
夢を繋ぐ 

とてもとても大事な
居場所のように

受け止めて居る。



そこに 
月下陽香をお誘い下さって 

ご自身の歌の演奏をされている
主催の方に 
ご紹介をして下さる。




これが
どんなに大きい事か 


そこに
どんな大きな優しさが在るか 


私なりにだけれど 

物凄く
想うものが在る。




大切なものを 
分け与えて下さるのだ。

大切な場所に 
私も呼んで下さるのだ。




自分に置き換えた時 
とてもとても考える。


大切なものを 

他にも 
誰かにも 


渡したいとか 
伝えたいとか 
繋げたいとか

思う時 


そこには

大きな
愛と勇気が要る。

優しさと覚悟が要る。




大切な物ほど 
者ほど 
そうだ。


だって…。

結果なんてわからないもの。




繋げたつもりでも 
相手には
迷惑かも知れないとか悩んだり 


繋がれたらと願っても 
根こそぎ持って行かれて 

自分が失ってしまう事ってある。

奪われる事だって在る。



そう言う経験 
いっぱいして来て 

だから思う。


そういう痛み 
いっぱい感じて来たから
思う。



すごいものを
与えて下さったんだって。

思う。


月下陽香を

信じて想って 
与えて下さったのだと思う。




だからこそ 

裏切らないように 

喜んで
感謝して

目指したいと思う。





そう思う
その日に対して 

私には 
他にも想いが在る。


ずっと
胸に引っ掛かったままの出来事が在る。


このままでは嫌だと
思って居る。



その想いを 
クリアにする為にも 


そこは
意味が在って
私に
与えて頂けた場所だと思って居る。




もう少し日が近付く頃に 
詳細はお知らせいたします。


5月22日(日)
【Live Bar B-flat】
出演いたします。







で。


昨夜は
ここに 

その歌姫さまがご出演されていて。

主催者のtetsuさんにも
ご挨拶したくて 

少しお伺いをした。




色々な事を考えた。


5組の出演者様
それぞれの 

衣装や
選曲や
立ち姿 

演奏や歌声に 

色々な事を感じたり想ったりしてた。




大好きな歌姫さまの

「えんちゃん」は 


キラキラの瞳で歌われて居て 
美しくてやさしかった。


猫ちゃんのお茶を頂いた。


かわいい。。
ありがとうございます。





会場に 

いつも気に掛けて下さる
大好きな人達も来られて居た。

とても大切なおふたり。



約束をした訳では無いけれど 
お会い出来て 

一緒のテーブルで
同じ時間を過ごせた。



そこで
とても嬉しいお知らせも
お聞かせ頂いて 

うれし涙が出ちゃいそうな感情を感じて 


胸の真ん中 
安心と喜びに
あったかくなった。



ご一緒に暮らして居られた
おふたりが 

今日
御入籍されたとの事。



昨日の段階では


「実は明日‥」って事で
ご報告頂いた。



彼女の
旧姓最後の日に
お会い出来るなんて 

ぷぷちゃんが仕組んだんだねって 
一緒に笑った。



おめでとうございます。

楽しい数時間でした。








そう言えば…


お店に行く前に 
薬局に寄ったんだけど。


レジのお姉さんに言われたの。


「髪型はご自分でされるんですか?」って。


「そうです」って答えたら 

「すごく綺麗にしてる」って
言ってくれはって 

どうしたらそう出来るのかって 
聞かれて。


なんかうれしかったな。。




で。

お店までの道のり。


地下街から
地上に出て歩いてたら。。



なんと

ナンパをされたと言う
驚きの出来事。




一昔前は 
まだ 
こんな私でも 

繁華街を歩けば

声位掛けても貰えた訳。


「今の所ではおいくら貰ってるんですか?」

「1日体験してみませんか?」

とか。



それって 
お水のスカウトじゃねーかって
話ですけど。


そんなのも
すっかり無くなった近年。



基本的に
若作りを意識はしてるけど 


よくもまぁ 

声を掛ける男性が居たもんだ。。



暗いと 
おばちゃんって
わからんかったんでしょうけどね。





今朝は
少しゆっくりの起床で。


ふと。

一昔位前に作った
小さなアルバムを出して見た。


「フォトウエディング」ってやつね。



ここを
長く読んで下さっている方々は
ご存知でしょうけれど 


過去に結婚した時に 


私は
式はして居ない。

呼べる家族居ないし。

そんな環境は
私には無かったし。



結婚後
暫くしてから
写真だけは写したのね。



ふわふわの
裾の広がったウエディングドレスと 

ピンク色のドレスを選んで 

ブーケは自分で作ったなぁ・・



当日は
父と義姉を呼んで。

この時も大変でね。


式をしなくても 
こう言う時位
花嫁は
主役扱いしてくれても良いのにね。


それどころじゃなくて。


義姉の衣装まで
自分のお気に入りを貸して。


それも
数年返してくれなくて 

やっと戻って来た時は
着れる状態じゃなくて 

酷いことになってて

泣く泣く捨てたりね。



とにかく 
ちっとも良くなかったんだけど。


写しといて良かったなぁと 
今は想うなぁって。


思いながら見た。



それは

きっと

その頃よりも
今が

しあわせだからだね。








時間が 
月日が 
年月が 


流れて

やっと気付ける事が在るね。


この先に気付く事に 
幸せが
増えて在れたらと願うね。




今は
やっぱり 

「痛み」の方が多いんだ。



だけど 


少し先には 


もう少し


楽に 
幸せに 

残りを過ごして居たい。








今日は2月22日。

猫の日だよね。


朝から
在る人に言われた。


「今日は服部くんの日」だって。



はぁ?・・って思って聞いたら 


「ニンニンニンだから
 忍者はっとりくんの日だ」って。




えー・・・


猫の日でいいよ。


ね。






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もうチカラが見当たらないんだよ。

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昨日から
お天気イマイチの大阪。


だから余計に
そうなるのもあるんだろうけれど

体調は
目覚めから物凄くきつかった。


ほんとに辛かったぁ…



熱っぽいしね。
なんかおかしいんだぁ…

でも頑張って仕事はして来た。

今週もハード。


やりたい事がほとんど出来ない。


次から次へと問題が起き続けて居て
神経の休まる時も無い。



頭抱えてくたびれて
精神の安定を失ってばかり。

もう11月なんだよね。


まだ事故後の身体は痛むんだよね。


なのに
その治療にも
問題ばかりが
立て続けに起こる。


飲み込めない事だらけだよ…。







「摂食障害者」「自傷癖者」で在った私の発症から約30年間の過程を 2013年7月7日から 2年間を掛けて書き続けた記事と その後書き始めた 原因や理由 克服について思う記事は 各「かてごり。」に安置されています。
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【「10・自傷と共に生きてきた30年を越えて。」(書き終えた私なりの答え)】








昨日は
雨降りの中
車で買い物に連れて行って貰えた。


有難いなぁ…

まだ自転車もろくに乗れないし
徒歩では持てる荷物が限られてしまうし。


傘を差して
荷物を持って歩くのは
今の私には物凄く辛いからね。



今の身体では
持って歩くのが辛い重たい野菜
キャベツとか
カボチャとかね
そういうのも買えた。

発泡酒も買っておいた。



色々と
立て続けに問題が起きて

しかも

整形外科の対応に物凄くへこんで

どんどん落ちてた私の事を
気に掛けて下さって

連れてってくれた人に感謝だ。





おまけにね
1時間だけだけど
猫カフェに寄れたんだよ。


猫カフェ行きたかったんだ。


だけど
テレビで観て想像してたのとは違った。





すごく流行ってて
猫ちゃんも可愛いんだけど

いじられすぎて
きっと疲れてるんだろうね。


猫ちゃん達が
触られるのを嫌がってる感じで。



可哀想だから
ほとんど
見てるだけみたいになった。



それに
他にもお客さんが居るからね


そう言う時は
積極的に出て行けない性格…。





あの人が触りたいかも…とか

あそこの人が見たいかも…とか

考えまくって
動けなくなるから・・・



少し触って
写真写して帰って来た。



猫飼いたいなぁ‥


雌の子猫ちゃん

来年か
再来年には
また
探して一緒に暮らそうかなぁ…


人生の最後に迎える

覚悟の家族。






我が家のサボテンの中で
凄い勢いで成長してくれてる子が居る。


少し前にも紹介したこの子。


この
小さい方と同じ位だったのに

一気に成長して
この差だった。



その後もどんどん成長して。


この雨降りの中でも
また大きくなった。



最近は

我が家の「五郎丸選手」って呼んでる。





ご本人やファンの方に
叱られてしまいそうですが…

(申し訳御座いませんッ…汗汗)



花を買わなくなって
植木も増やさなくなって。


だけど
サボテンは
コツコツと植え替えながら
増やしてみてる。


何かを育てる気持ちは

失わない方が良い気がして。





育てると言えばね

編み物の講師をしておられる
友人のブログを
いつも読ませて頂いて居るのだけれど。


ご自身の作品や
生徒様方の作品
教室のご様子などなど
伝わって来る出来事や想いが
どんどん大きくなってるように思えてね。



色んな物を
大切に
日々育ててるんだなって
とっても思うのね。

そういうのすごいよね。




昨年は

命を看取って
持病に治療に追われて。


今年こそはって思ってたのに

事故に遭って

結局
夏から身動きも取れなくて。



精神的にも
もう
チカラが無くなって来てしまって

駄目なんだけどね。



その友人のブログには
チカラを貰える時が在る。


来年の私は
今年よりも

彼女みたいに

仕事や生活を
育てて居られるかなって


願いながら感じたりする。




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摂食障害と自傷癖とインナーチャイルドの個人的バランス。

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交通事故に遭ったのは
先月の14日。


ちょうど1ヶ月になるんだね。



この1ヶ月は

身体に増え続け増してきた痛みと

それにより
心に生まれる
悔しさや苛立ちや悲しみを
絡めながら


ひたすらに
日常を綴って来たように思う。



この数日は


日中は
頓服を自己判断で服用してる。


だから
出勤中は
何とか耐えて居られる。



でも
勤務時間中が
楽な訳では無くて。

痛みはずっと在る。



ゆっくり歩いて
ゆっくり動いてなんて居られないから

痛みに抵抗して
踏み込む前に

身体は引っ込んで
びっこを引いてしまうスタイルは
変わらない。



身体に走る痛みが
少しマシなだけ。


5時間とか
バタバタと
立ちっ放しで働いて居れば

もう

頓服の効果なんて感じられなくて

帰り道は
また
唸りながらのよたよたな
超スローな歩み。



びっこ引いて
歩き続けて居ると

関係ない場所までが痛み始める。


故障して居なかった場所にも
歪みや負担を与えて
痛みを感じ始める。



それが嫌だから

仕事中でなければ
更にゆっくりと歩いて居る。


ゆっくりとゆっくりと

痛みに
身体が縮こまらずに
極力
普通の姿勢に近い形で歩けるように


痛みを確認しながら
そろそろと歩いてみてる。



まだ
元通りからは
遠くに在り過ぎる日常。



それでも
動きながら
会話が出来るようになって来たから


やっと
ピークの痛みは
越えられたのかも知れない。



頓服を飲みながらだから
怪しい所もあるけれど。


歩きながら
会話が出来ると言うのは
少し回復に近付いて居るはずだと
思って居る。






「摂食障害者」「自傷癖者」で在った私の
発症から約30年間の過程を
2013年7月7日から
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少しづつ書いて居る。

【「10・自傷と共に生きてきた30年を越えて。」(書き終えた私なりの答え)】








とは言え

相変わらず
遊びにも行けて居ない。


自力での移動に
制限が在り過ぎて
不可能だ。




せっかく
そろそろ

また
音楽関係の場所にも
たまには
出入りできるようになりたいって

思って居た夏も

どこにも行けずに過ぎてしまった。



数年
お顔も見てない人達がいっぱい。


決まった人にしか
会えないままに過ぎてしまった
この数年。


虚しさが増す。



こうして居る間に

私なんか
忘れられてゆくんだろうなって。

とても思う。



これだけ動けない上に
活動も止まって居て

フェイスブックとかもしてなくて。

そりゃ消えてくよね。



そんな私にも
何かにつけて
連絡を下さったり
お声を掛けて下さったり
して下さる人達が
居て下さる事に感謝する。






このカテゴリ。

【「10・自傷と共に生きてきた30年を越えて。」(書き終えた私なりの答え)】


ここにに含まれる記事の
ひとつにも書いた事が在る

場所。

【「インナーチャイルドと共存が出来れば。」(私なりの答え・4)(2015.7.19)】





昨日は
ここに
やっと行ってきた。



事故に遭う前からずっと


今週は行けるかな…
明日は行けるかな…って


スケジュールや
体調や天気と合わせて

いつもいつも悩んでは
いけないままだった
行きたかった場所。



夏の間は
ナイター営業をしていて。


それに行きたくて
目指してたんだよね。


8月中は
毎日ナイター営業していたから

暑い内に行きたかったんだけど


叶わなかった。



9月は
来週までは
祝日と週末だけは
ナイター営業をしてる。


その後は
夕方までの営業となって
冬の間は休園。



これ以上寒くなったら
山上は辛いし


どこにも行けないまま

痛みと共存しながらの
仕事と通院と家事だけの毎日に

ストレスは育つ一方だし

久し振りの晴れだったし。



昨日は

通院がひとつあったけれど
出勤日では無かったから

限界超えて
動き回っても居ない。




現地までは

我が家から30~40分。


そのほとんどは乗り物の中。

現地で動き回らなければ
きっと大丈夫。



まだ
日の当たる時間帯から
夕暮れ時までの
3時間程の遠足。




ギタリストさんと
待ち合わせて向かった。


行きのケーブルカーは
犬のブルだった。


ぶちぶち言いながらも
駄菓子を食べながら

山上へ。



いつものように
歩きまわる事も無く
直ぐに座った。


ギタリストさんが持って来てくれた
ビールを飲みながら 

持って行った
お菓子やおつまみをつまんで


来場者を見ながら話して。





うさぎに会いに行った。


あれれ…?

なんだかずんぐりむっくり。
一回り太ってる・・・。



植え付けられたベゴニアが
育って
大きくなったんだね。



久し振りだね。


今年は
もう会えないかも知れないね。





その後は
今回の一番の目的の
ぱんだを目指した。


これに乗りたかったんだよね。


「ぷかぷかぱんだ」。





やっと乗れた♪





思ってたよりも高くて
怖かったけど


山の下に広がる大阪の方が
ぼんやりとしてて
不気味だった。



立ち並ぶビルは
山上から見ると
墓石みたいで

人の手が作り上げた都会の形も

離れて眺めれば
感じ方は変わる事を感じる。



園内をぐるっと一周。
ぱんだから
見下ろす景色や人。



ぱんだから降りたら
また
椅子に座って
ビールとおしゃべり。


ほとんど座ってたなぁ…





帰り道はミケに乗れた。


「ミケは乗り心地が違うよね」って
喜ぶ私を
ギタリストさんは笑ってた。



彼は

いつも

本当に
よく
私のおもりをしてくれる。



こういう人が居てくれるから


私は

摂食障害や自傷癖から

少しずつ
距離を離して
生きてゆけているのだと思う。







私の中に住み続ける

インナーチャイルド。

アダルトチルドレンとも言われる
私の中の幼児。




この存在を認めて

満たす事を始めた事は


その後の
私の人生を変える程の
大きな出来事になって居ると思う。



私の中に
住み続ける

幼児の私は


母にも父にも
育てて貰えなかった私。



当たり前に必要な
環境も過程も

与えて貰えないまま

成長を止めてしまった私。




私は

少し前から

私の中で

その幼児とも
仲良く付き合うようになり



ちびっこの私に
優しく大事に接するようになり


それによって


少しづつ


未成長で
不足し過ぎて居る

私の根本を

少しずつ

育てて居ると言える。




これについてはまた
もう少し
体の痛みが癒えたら
言葉にしてみたい。







今日は
少しずつ動いて居る。



自宅で少しずつ出来る事をして居る。


やらなければならない事は
山積みのまま。


それらを
出来る事から少しずつ。



足腰は
今日は極力休めなきゃ。


明日から
今週は勤務日が続く。



仕事に行くと
また
激痛に苦しまなきゃいけないからね。



次の週末も
少し出掛ける事が目標。



痛む現実から
逃避できる時間が欲しいんだ。





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壊れ狂う夜。

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花は絶やさずとも


召された命は
帰っては来ない。





バイト中
とても体調が悪くなり


それでも
最後まで必死で働いて
ふらふらになって帰宅したのは

一昨日の火曜日。


それでも
帰宅後は
本業も出来るだけした。




翌日もバイトが在るし

とにかく眠りたくて。



心身共に
バランスの悪い時は

アルコールは
飲まないようにしているのだけれど


勢いで
眠れたならと願い


夕食時に少し飲んだ。



350の缶ビールが1本と
焼酎のお湯割りを1杯。

それだけ。



私が
酔う程の量には

程遠い。




意識もしっかりして居た中で
薬を飲んだ。


そして

間もなく眠ろうと


歯を磨き

ハンドクリームを塗ったり
目薬をさしたり


いつも
ベッドに入る前にする事を

していた事は

覚えて居る。




そこからが記憶が無い。


私の記憶では

その後
ベッドに入り
眠りに付いたと

思いこんで居た。




朝はいつも通り起きて。


体調はイマイチで。


体のあちこちに
青いアザが出来て居て。

首や頭がとても痛くて。



それでも

一生懸命出勤して
バイトして
帰宅して。



届いて居たメールを見て

驚いた。




無い記憶の中で

私は

とても大きな迷惑を
掛けてしまったようだった。



救急車を呼ぶべきかと
悩ませるような

心配を
掛けてしまって居た事を知った。


申し訳ない。



最もしたく無い事だ。


とても苦しむ姿を
知られてしまった。



陥ったパニック状態を
知られてしまった。



その日まで
積み上げて来た

強がりは

バラバラと剥がれ落ちた。



でも
その人は責めなかった。


ただ心配をしてくれた。

有難かった。



なぜ
そんな事が起きたのだろうか。


残る記憶を整理して


この数年で
重なり続けた苦痛の


未だ
消化出来ない出来事を眺め

少しだけ
理解した。




多くを背負い過ぎて

重なり
傷み過ぎて


それでも
我慢して我慢して。


だけど
もう出来なくなって。



出来なくなった自分を


責め続けて来過ぎたと

思う。












2013年から

月下陽香が

ステージの上で必ず口にして真ん中に掲げてきた

「摂食障害」

「リストカット」

「自傷」。


私にとって「摂食障害」と「自傷」は
人生のほとんどを埋め尽くすものである。


これらと共に生きた20年間と
向き合って生きる事を始めたこの10年間を経て。


摂食障害や自傷の始まりであった
小学生の頃から
現在の私に至る足跡を

2013年7月7日以来記事として書き続けて居る。


2014年7月7日より
2年目を迎え
それについても触れて居る。

【「自傷と摂食障害を晒す選択。」 (2014.7.6)】


順番に綴ってきた記事は
「かてごり。」に時代別に分けてあります。


【「1・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(小学生の私)】
※4つの記事があります。

【「2・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(中学生の私)】
※7つの記事があります。

【「3・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(高校生の私)】
※12の記事があります。

【「4・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(大学生の私)】
※17の記事があります。

【「5・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(20代前半の私)】
※61の記事があります。

【「6・自傷と共に生きてきた過程の0始まりから。」(20代後半頃の私)】
※50の記事があります。

【「7・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(30代前半頃の私)】
※69の記事があります。

【「8・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(30代後半頃の私)】
※42の記事があります。

【「9・自傷と共に生きてきた過程の始まりから。」(40代に向かう私)】
※現在執筆中。





時に過程の続きから離れて現状や想いを記しながら。

【「寂しさに狂う。」(2015.3.9)】

【「絶望にも果てが在るなら。」(2015.3.10)】

【「絶望は精神的死。」(2015.3.11)】

【「届かぬ叫び。」(2015.3.12)】





過程を綴る記事は現在の私へ繋がる時代に辿り着き書き続けて居る。

【「呪いをどう解き放てるのだろうか。」(辿り着けるまで・1)(2015.3.1)】

【「自傷癖を呼び戻す者を知れど。」(辿り着けるまで・2)(2015.3.2)】

【「キズグチを愛せた時に。」(辿り着けるまで・3)(2015.3.4)】




数日

過程の続きからは

また
離れて居る。


心が動かない。



今日
死に向かわない事が

今日の目標で


毎日は
境界線の上。








この数年。


色々な
痛む出来事が続き過ぎた。


それらを

改めて
心が理解し始めた。



心の中で

まず
とても目に付いてしまうのは


大阪で
音楽活動を始めてからの出来事。



本当に
死に物狂いで
頑張って頑張って。


失った歌声を取り戻して

復帰した
音楽活動の中。



確かに

嬉しい事も
楽しい事も

在ったはずなのに。


そのほとんどが
色褪せて見えるのは


小さなそれらを得る為に

日々に
大きな我慢を
課せられて在ったからだ。



我慢して我慢して
無理をして


そうでなければ
在れなかった。


それでも
そこを選び
しがみついた事も事実だから


それは
少しづつ

理解と
消化を
続けられるようになってきている。




でも

メンバーに
楽曲を殺された行為は

やはり
余りにも深い傷となり過ぎた。


バンドから離れて
月下陽香として
活動を始めたものの


私の中には
いつも
その傷が疼き続けた。




数人のサポートプレイヤーと
活動をしてもみたが
上手くいかなかった。


今ならば
その理由が少しわかる。


私は
彼等を信じて居なかった。


不満を飲み込み

おだて
あやし

我慢して背負った。




なぜならば

私の中には

植え付けられてしまったからだ。


信じても裏切られると。


向き合おうと
どんなに努力を重ねても


奪われる

盗まれる。


私のスタイルは

否定される。



踏み込めば
傷付けれられるから
並んではいけない。




我慢を重ねる程に

自分は磨り減った。


その上

それに気付かないサポートは

私の
おだての言葉を鵜呑みにして
問題行動が起こされては


私は
見えない所で
詫びてばかり居る。



だけどそれらは

結局は
当時の自分が
選んだ道で在ったと言う事も


最近では
少しづつ消化を始めて居る。





それはきっと
現在のギタリストとの活動が
始められたからだ。


彼とだけの活動になり


私は
自傷行為からも
距離を置き始めた。



安心を得たのだと思う。


それでも
私はいつも
どこかで
信じられず怯えて居た。



だから
彼にも

必要以上の我慢を
重ねた事も在った。


でも
彼との関係は



それらを越えて在り


私は
彼には
正直に向かえて居る。



その分
彼の負担は
大きいのだろうけれど。




やっと信頼を持て
活動が始まったのに


もう
体は以前のように動かなくて


しかも


環境は
私を
縛り付けるものとなり


日々は

亡くしてしまう恐怖と
向き合う悲しみに
怯え続ける事となり。







昨年の6月22日。


命は召され。



私は


きっと

これまでを振り返っても

ここまでの
深い
悲しみと寂しさは
感じた事が無いだろうと


確信出来る程の


大きな大きな
悲しみと寂しさに
埋め尽くされた。



感じた事が無い。


乗り越えた経験が無い
巨大な痛み。


どう向き合えば良いのか

わからない


深い
深い
痛み。






それでも
向き合おうとしてみた。


一生懸命に。



持病の治療を受けたり
バイトを始めたり


出来るだけ
小さな小さなものであっても
外出をして。


閉じこもらないように

外を見れるように


物凄く
頑張って居た。


物凄く
物凄く


私ね

頑張ってみてたの。




それでも
ライブも決められなくて


それなのに


練習をして

それはとても辛くて


何のために
こんなにも辛い練習を
ただ繰り返して在るのかも


心が
もう飲み込めなくて



音楽に関係する場所に
行く事をしなくなった。



羨みに
死んでしまいたくなるから。



静かに耐えて

少しでも
癒える時を待った。



ただただ
耐えて居た時に。


信じて来た人の裏切りを知った。


私の楽曲のタイトルを
無断で使われた。

【「垂れ流す偏在な毒の華はイキザマだから。」(2014.11.26)】


かつて
楽曲を殺された経験が在る私。


その傷は
まだ疼き続けて在り


未だ
日々

向き合いながら
苦しんで在るものの

ひとつであるのに。



また

私にとっては
同じ部類に振り分けられる痛みが


身体を突き抜けて


吐き気がする程の
怒りに襲われた。



なぜ
そこまでの怒りが生まれたのか。


記憶と
感情を

整理すれば

直ぐにわかった。



これまでにも
怪しい行為は
重ねられたと言う事。


それでも
言わずに我慢をしてしまいながら

そこに辿り着いたから


私の想いは
千切れてしまった。




何とかしたいと
悩んだ。

とても悩んだ。


それまでの繋がりを
想う程に悩んだ。


信じて居たから

大切だったから。



怒りを露わにもした。



それでも
消化出来ず悩んだ。


手紙も書いた。


それでも
この胸は理解出来なかった。


相手は
謝ってくれたけれど


それでも
私は許せなかった。



許せる時を待とうと
自分に言い聞かせ
努力をした。



でも
数ヶ月が過ぎても

私の心は
全く楽にはならない。

痛みは増してゆく。



傷付けられたのは
こっちなのに


謝った相手を
許せない

自分を

責めて責めて。





他にも
多々抱えて在る

問題への


思考も
不安も
嘆きも


更に強めてしまう程に


私の精神を追い詰めた。


食べても嘔吐する位
追い詰められた。



もう駄目だと思った。

壊されると思った。



私は
その傷を
心の中の箱にしまい
鍵をかける事にした。


今はそれで良いと思った。


鍵をかけてしまい込んでも

思い出してしまう。


それでも
後回しにする事にした。



もう
許せなくても良いんだと

思う事にした。


自分を
沢山責めてきたけれど


その件に関しては
それを止めて良いと思った。



無断で使われた楽曲名。


現在は存在しないが
そこが発信された事を
知って居る人が言った。



当人ではない
自分でも
未だ納得は出来ない

と。


そう言われて

自分を責める事を
ひとつ止めた。





多数の問題を抱えながら


どれも

とても
重たくて痛くて。


早く楽になりたくて足掻いてた。


足掻きながら

その順番も
わからなくなっていった。



ひとりになれば
泣いてしまう時間が増えた。




ひとつは
後回しに出来たんだ。


ならば

次は何をするのか
自分に問うた。




本当ならば

今日


以前暮らして居た土地まで
出向こうと考えて居た。



片道で3時間近くかかるそこは
私には
後日寝込む覚悟がないと
向かえないような所。



でも
行こうかと考えて居た。


1日も早くそこに行って
楽になりたい気持ちが
そうしようと言った。


そこで
本当の気持ちを
話さなくてはいけないと思った。



それを終えたなら
きっと

日々付き纏う
恐怖のひとつは
少し軽くなるだろう。



行かなくてはと
思って居た。




でも

今日が近付く程に
不安定が増した。



行ってどうするんだろう?



体力を消耗し
交通費を使い
神経を磨り減らし


1日を潰して
そこに行き


果たして

私が
全てを言えるのだろうか。



相手を前にすれば

どうせまた
情に押さえ付けられて


言いたい事は
言えぬまま


我慢だけを
重ねるんだろうに。



本当に
次にしたい事はそれなのか

自分に問い続けた。



違うと思った。




私は


本当に疲れて居る。


何よりも

精神が
深く疲れ切って居る。



心を休めたい。


心に静けさが欲しい。




怒りや
羨みや

悲しみや

寂しさで


充満してしまって居る心に


静かな隙間が欲しい。




私は行く事をやめた。


これは
箱に閉じ込める訳では無い。



でも
少し時間を掛けて
想いを言葉にし
文字として
届けようとは決めた


掛ける少しの時間が
長引く事のないように


少しだけ自分に課せた。



そうしながらも


果たしてそれが正しいのか
悩んでた。



だから
パニックになったんだろうと思う。







バイト先で

社長の奥さまに
ひとつお願いをされた。


4月のある日が
子供さんの入学式らしく

そこに行きたいから


その日の仕事を

私と
1番ベテランのパートさんに
任せたいとの事。



安心して行って頂けるように
頑張らなくてはいけないと思い
そう伝えた。


その時に
子供さんの事を少し聞いた。



子供さんが
奥さまに言うそうだ。


入学式で泣かないでよって。


お母さんが来て
泣いたら
友達に恥ずかしいから
やめてよって。



びっくりした。


そんな事言うんだなって。


子供って
親に

そんな事言うんだなって。




私は
子を持たない生き方を選んだ。


過去には
2つの命を闇に葬り


3匹の猫たちは
我が子のように世話をしたが


人間の子供を
育てた経験は無い。




でも
びっくりした理由はそれではない。


子供が

親に

そんな言葉を言える環境を
知らないからだ。



私の母は

異常な抑圧と束縛で
私を支配した。

口答えなんてした覚えがない。

許されなかった。


親に
要求なんて
怖くて出来なかった。


母にそんな事をしたら
何日もいびられて
手も上げられた。



そんな母は

私が10代の頃に
私の仕事先の上司と
不倫の上妹
を連れて消えた。




父は
ひとりでは何も出来ない人だった。


私は

ずっと

父の娘では無く


妻であり
母でなければならなかった。



父が
私に与えてくれるのは

自己満足の押し付けだけだ。



それをする事によって


親としての役割を
果たして在ると思いこんで居る父は


自分の中に
満足を得る為に


不要な物は与えてくれた。



だから我慢した。


我慢する事しか
出来なかった。


自己満足の押し付けで

私を

抑圧してきたと思う。




私は
いつも言えなかった。


言える選択を
親は与えなかった。







過ちの

始まりは

そこだと


改めて
私は確信をした。




パニック状態の私は

呂律の回らぬ状態で
沢山の言葉を
吐き出して居たらしい。



やっと聞き取れたひとつが


「 もう我慢させないで欲しい 」

だったそうだ。








上手く眠れなくて

だんだんと
食べる事も辛くなって。


苦痛は増していく。


日々
仕事をこなす事も
とてもキツイ。


気持ちも落っこちたまんま。




先日夕食をご馳走になった時。

その日も
そんなに食べられはしなかったのだけれど

サラダだけは完食した。



美味しいって思った。


身体が
野菜を求めてるように感じた。



昨日は
色々な野菜を
少しづつ買ってきた。



大好きだから
大抵
冷蔵庫に入って居る

トマトや
アボカドだけではなくて。



大好きなのに
あまり買わない

パプリカや芽キャベツも。


色々と買ってきた。




写真を写しておけば良かったな…


一所懸命
サラダを作ったんだ。


レタス・水菜・オニオンスライス・トマト・パプリカ・さやえんどう。

芽キャベツ・アボカド・コーン・ブロッコリー。



赤と黄色と緑と黄緑。


お気に入りの器に
可愛く盛り付けて

静かに食べた。



少しの芋焼酎と共に

独り言すら
ほとんど発さず

3時間程を掛けて
夕食を頂いた。



発したのはひとつのツイート。


そして
迷惑を掛けてしまった人へのお返事。


それだけ。




今夜が
冷静で在る事に安心したと

返信が入った。



昨日は記事も書かなかった。



大阪の空は雨上がり。



3月も
もう半分が過ぎる。



絶望は
私の真ん中で


黒く吹き溜まり



日増しに
大きさを増してゆく。





※ ライブ前後等を覗きコメント欄は暫く未設置となりました。
何か御座いましたらメールでご連絡をお願い致します。(2014.8.30~)

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自己紹介。

月下陽香

Author:月下陽香
「月下陽香(げっかようこう)」の
ステージネームで
オリジナル楽曲を発信しながら

創作陶芸作家としても活動中。


このブログには
私がかつて
「摂食障害」・「自傷癖」と
共存して居た頃の出来事を綴った記事も
多く置いて居ます。


私にご興味を感じて頂ける
御訪問者さまや

初めてお立ち寄り下さった方は

まずこちらをご覧頂けると
このブログが見やすくなるかと
思って居ります。

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よろしくお願い致します。

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