❝ 月下陽香からのおしらせ ❞

  ♪:*:🌙.:*:♪ ・活動情報・ ♪:*:.🌙:*:♪

「 月待 陽 」として始動します!!
   ❤ 2018年5月12日(土)
★tetsu企画・番外編
東梅田【Live Bar B-flat】

18:00オープン / 18:30スタート ・ おひとり様¥1,500+1ドリンク
月待陽は20:10頃~出演します。
21:00~は
プラス1000円でドリンク・フードが付いたうち上げもあるそうです。

     ❤ 2018年2月3日(土)
★月下陽香イキザマ晒し劇場【 千秋楽 ・(ライブ活動休止前イベント)
  出演:月下陽香 / えんちゃん / HATTREAT

満員のお客さまとご出演者さまに、盛大に盛り上げて頂き
これまでの音楽人生で一番の、心から楽しんだ幸せな夜となりました。
ありがとうございました。

2018年2月3日のライブを区切りに
月下陽香は「イキザマ晒し劇場」と名付けたライブ活動を休止いたします。
もう「イキザマ」を板の上で晒さなくても
生きてゆけるような気がするのです。

このブログは継続しますが
ステージ活動はまた違う形でお届けする未来に向かいます。

月下陽香の歌も歌い続けながら
もっとみなさまにお近付き出来る歌も学びながら
次のスタイルを生み出し作り上げてゆきます。
よろしくお願い申し上げます。

その後のメインの発信場所を新たに設けました。
◆ブログ ★【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】
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熟れた嘆きを叫ばなくても。

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆


2018年2月3日に

開催させて頂いた 

月下陽香のイキザマ晒し劇場千秋楽についての記事を 


いくつかに分けて更新しながら 

千秋楽のレポート記事は残す所あとひとつとなりました。





現在では 

メインのブログは


★月下陽香の【癒え待ちよすが-イエマチヨスガ-】

では無く 


★月待陽の【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】へと
スタイルを変えつつ在るので


★月下陽香の【癒え待ちよすが-イエマチヨスガ-】の更新は

必要最小限にしていますが



今日は 
どちらにも
同じような寄り道の記事を更新しておきます。


ライブのお知らせや
ライブレポートは
似た記事を掲載しますし

時々
ライブとは関係ない記事を
どちらもに更新したりもしますが

★月待陽の【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】
の方が
細かかったり
画像が多かったりはしています。


今回も
そんな感じのお揃いの小さなご報告です。






月下陽香としての
イキザマ晒し劇場千秋楽を終えた翌日から 

引っ越しが始まり 

沢山の物を処分してきました。


音楽活動で使用してきた物も 
色々と処分をしました。



相当な物を捨てました。

人生の整理をする為の断捨離でした。



でも 
捨てなかったものもありました。







月下陽香のステージで使用してきた小道具たち。




これらは捨てられませんでした。





セットリストや進行をメモした
「月下陽香あんど井上タイキ」のプレートや 



アゲハ蝶を歌う時に指に止まらせた蝶。


ステージに撒き散らす花びらや

赤い傘など・・・。





予定では


今頃 



東京で
慣れない環境の中 
ボロボロになりながら生きているはずでしたが 


ありがたい事に

あと少しだけ大阪で暮らせる事となり 




この度 

小さく穏やかに 

もう少しの間
音楽に関わって在ろうと 



月待陽としての活動を始め 



来月には 

月待陽として
初めて 
ステージに立てる事となり 


新しいスタイルでのステージの準備を始めました。






衣装は新調しました。


ギタリストさんにも衣装を用意させて頂きました。



小道具も整理しました。



月下陽香で使用して居たものは 
大事に片付けました。


きっとまた使うから。




でも 


月待陽の始まりには使わないので 
片付けて。

新たに準備しました。







マイクはそのまま使います。



汗を拭くのは 

とても辛かった時に

大好きな方に頂いた
贈り物のはちみつが包まれていた
かわいいミニ風呂敷を 

月待陽でも使います。



プレートの代わりを 

猫ちゃんに託します。




ここには写っていませんが 



いつも
月下陽香では
ゴザを敷いて 
そこで裸足で歌っていましたが 


月待陽でも裸足で歌うので 

赤いマットを持参する事にしました。






小道具は 
千秋楽で頂いたキティちゃんに入れて連れてゆきます。








月下陽香としてのステージを 
お求め頂ける機会がございましたら 


いつでも 
そこで掲げ立ちますが 



そうでない時には 

月待陽として 



もう 
命を削らない 
小さな活動をして参ります。


よろしくお願い申し上げます。




★tetsu企画番外編

日時 2018年5月12日(土)
時間 18:00オープン /18:30スタート
料金 1500円+1D

場所 東梅田【Live Bar B-flat】

18:30-滝本あゆみ 
19:05-EBISU 
19:40-BAN-RI 
20:15-月待陽with井上タイキ 

20:50~は プラス1000円で お客様もご参加頂ける打ち上げもあるそうです。









千秋楽の最後の記事は次回に。。


お待ち下さる方々に感謝しております。





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【このブログ「癒え待ちよすが」について。】


こちらも少しづつ書いて居ます。
【「10・自傷と共に生きてきた30年を越えて。」(書き終えた私なりの答え)】




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5・キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その5

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆



月下陽香が千秋楽を掲げたイベント 


イキザマ晒し劇場千秋楽について 

ご報告記事の続きを書かせて頂きます。




千秋楽についての記事は
今回で5回目。


こちらの続きとなります。



【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その1」(2018.2.16)】

【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その2」(2018.4.2)】

【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その3」(2018.4.8)】

【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その4」(2018.4.14)】





この日の月下陽香セットリストは


1・毒華
2・月は陽に焦がれ
3・アゲハ蝶
4・モザイク
5・烙印
6・星の流れに
7・我も奏で者
8・許されて在る。
9・キズグチイバラ
アンコール
 十字路(クロスロード)
 時代(中島みゆきさん)





今回は

9曲目 
ラストソングから書かせて頂きます。






沢山のお話をしながら 
進行してきた

千秋楽のステージも 


いよいよラストソング。



最後に選んだ楽曲は


「キズグチイバラ」でした。






月下陽香は

これまでに
3つのCDを生み出してきました。





歌を奪われた 
壊された 
殺された 

表現を盗まれた経験が在る私は 



それが
とても深い痛みのままトラウマとなり 


盗られてしまう恐怖を捨てる事が出来なくて 


強引にCDとしてきました。




これは 
月下陽香の歌だと
証明できるものがなければ 



また
傷付けられる気がして 
制作してきました。



その
最後のCDにも
収録した楽曲でも在りました。




これまでに

この
「キズグチイバラ」を歌う時に


私はいつも 


心の傷 
身体の傷に 


どうか種を埋め込んで下さいと

お話してきました。




痛みを噛み殺し
キズグチに埋め込んだ種は 



その
痛みも熟れもを吸い上げて 


いつか必ず花を咲かせるからと 

お話してきました。


偉そうですよね(笑)




実際は

私自身が種を植え続けた年月でした。



ここにも
そこにも 
あちこちに 
沢山の種を
ひたすら埋め込み続けて来ました。




でも 

どれもこれもまだ 
まともには咲けて居ないように思います。





埋める作業は沢山してきました。



だから今度は 
花を咲かせる作業を 
少しずつしてゆく私になりたいです。




会場の全てのみなさまへ 
ありがとうをお伝えし 


みなさまのキズグチにも 
美しい花が咲きますよう願いました。




9・【 キズグチイバラ 】







最後の演奏が終わりましたが 
みなさま優しいです。


アンコールを下さいました。



アンコールを頂ける事は感じて居りましたので 
アンコールの為にも 
楽曲を考えて準備をしておりました。




私が
月下陽香としての活動を始める前 


大阪で
音楽活動に復帰出来た時のスタートは 
バンドという形でした。


やっとメンバーが見付かって 
日々色々とメールのやり取りなんかしてね。


まだ大阪に
友達もろくに居なかった私には 

これからどんな活動をしてゆこうか
とかね


話し合える相手が出来た事は
とてもうれしい事でした。


そのメンバーさんが 
いつも

メールの最後にね 


「また明日」って言葉を
添えて下さるんですね。



それがもう
私にはたまらなく感動的でした。



「また明日」って凄くないですか? 


その方は
何気なく打ち込んでただけの言葉かも知れないけれど 


私には
ものすごく大きな一言でした。




明日も
当たり前に
変わらずに繋がってくれるんだと 


そんな人が 
この大阪で 
私にも出来たんだと 

とてもとてもうれしい言葉でした。


だから
どうしても

この言葉を歌詞に入れた楽曲を
生み出そうと思いました。



その言葉を 
1ヶ所だけですが 
込めて入れ込んで 
生み出した楽曲は 


月下陽香のオリジナルソングのなかでは 


恐らくは
唯一かも知れない 
前向きな楽曲です。



アンコールのひとつに選んだのは 


【 十字路(クロスロード) 】






十字路(クロスロード)  /  月下陽香


お日さまの下で 汗をかいてるのは 
僕だけじゃないだろ? 
こんな日は思う

選んで歩いて来た 足跡の先では 
繰り返しのような日々に 
時々確かめてる

出来る事は知れている 
それでももがく十の指 
抱えた現実のそばで 

まだやれる 
想いを焼べて

この手を伸ばして ありのままゆけばいい 
この手を掲げて 目の前を掴めばいい


お月さま眺めて 記憶に痛むのは 
僕だけかも知れない 
そんな夜もある

間違いだらけなのか 
選んで捨てたものが 眩しくて越えられずに
巻き戻したくなる

上手く笑えなくてもいい 
それでも広げる両の腕 
重ねた諦めの後ろ 
もう一度呼ぶ声がする

この手を伸ばして ありのままゆけばいい 
その手を掲げて さらけ出し泣いてもいい

この手を伸ばして ありのままゆけばいい 
この手を掲げてありのまま

この手を振りながら 
また明日って言えばいい 
その手を繋いで ありのままゆけばいい







今回は
もうひとつアンコールを用意して居ました。



イキザマ晒し劇場の最後に 

私が選んだ歌でした。




月下陽香は 
オリジナル楽曲でのステージ活動を続けて来ました。



私の
暗い痛い楽曲たちに 

お耳を傾けて下さった方々には 

本当に心から感謝しております。




オリジナルで活動を続けるという事に
とても悩んだ事も在りました。


「聴いてよ」って
押し付けてるだけなんじゃないかと
悩んだことも沢山ありました。




そう話した時に
会場から飛んできた声には
泣きそうになりました。


「それが良かったんやで」
「月下陽香が聴きたくて来てるんやで」



月下陽香は本当に幸せだと思いました。





最後は 
押し付けるのではなくて 

聴いて頂ける歌が歌いたいと
考えて居ました。



月下陽香のオリジナルでは無く 

多くの皆さまが
耳にした事のある歌を
歌いたいと思っていました。


生活の中で 
街中で 

テレビから 

この曲を耳にする事がきっとあると思います。



その時に 

月下陽香って居たよなぁって

思い出して欲しい願いを込めて 


選んで練習してきた歌でした。





アンコールの最後。

千秋楽の最後。



中島みゆきさんの「時代」をお聴きいただきました。


もうひとつのアンコール。

月下陽香としての

本当のラストソングは


【 時代 】





沢山お話もしました。 

沢山笑いました。



会場を見渡せば
沢山の方々が泣いて下さって居ました。




月下陽香のステージでは
いつも
お客さまの涙が在りました。



客席ではいつも
誰かが涙しておられる光景を
見付けて居ました。





この日もそうでした。
有難い事です。


そこまで心を傾けて 
重ねてご観覧頂けた事に 

言い尽くせない感謝を感じて居ます。




そのお顔を見る度に 
私も泣いてしまいそうになるのですが 

今回は泣きませんでした。


泣かないんだ 
笑うんだって
決めて居たから。






月下陽香のイキザマ晒し劇場千秋楽。


月下陽香としての板の上に立つ時間には 
ひとまずサヨナラをさせて頂きました。





その後の会場は
想像以上に大騒ぎになりました。




その模様は 

千秋楽のご報告記事の最後を締めくくる 
次の記事にてお話させて頂きます。




あとひとつ。



よろしくお願い申し上げます。









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己の手で葬る後に。

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2018年の4月も半分が過ぎる。


月下陽香の
イキザマ晒し劇場千秋楽から 

2ヶ月以上が過ぎ 


現在は

ここに 
千秋楽イベントのライブレポートを少しずつ書いている。



千秋楽以降 
メインに更新している新しいブログ 
【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】 にも 

同じくライブレポートを更新しているが 

そちらの【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】には 
ここには書いていない日々の出来事も 
マイペースに書き記して居る。



【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その1」(2018.2.16)】

【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その2」(2018.4.2)】

【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その3」(2018.4.8)】

【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その4」(2018.4.14)】



ここ
癒え待ちよすが-イエマチヨスガ-を
ご覧下さって居る方々の中で 

ご興味をお持ち頂ける方は 

【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】も 
ご覧いただければ幸いでございます。




千秋楽イベントのライブレポートは 
あと2つの記事で締めくくろうと準備しています。


が 

今日は少し寄り道。




月下陽香として活動してきた
8年半を締め括り 
歌を諦める事を真剣に考えて居ましたが 

あと少しだけ
大阪に居られる事になったので 


その
あと少しの時間を 

小さくても
活動をして在れたならと考えて居ます。



約1年前に主治医を変え 

体調は
1年前を思えば楽で 

もっとも酷かった頃と比べれば 

日々動けるようになれていますが 


とてもとても悔しい事に 
持病は悪化しています。

それが現実。



そして 
大阪に居られる時間も 
確実に限られている。



その中で 

出来る限り

もう
振り返って嘆く事をせずに 

前を向いて 

顔を上げて 


自分の心身の
不足と偏在を 
認めて生きて在ろうと 

とても強く想っている。





大阪に来てから15年が過ぎて居て。


振り返ればあっという間の15年で。


これから先の15年も 

きっと
あっという間に過ぎてゆくのだ。



そして 
この先の15年後 


私が
大阪に暮らして在れる訳もなく 


しかも

この身体が
歌声を発せられる訳もない。




沢山苦しんできた。


傷んで熟れて 
嘆いて叫んで。


のた打ち回った経験の方が遥かに多い 
15年を過ごしてきた。



もう
十分に苦しんできたから 


残りの
少しの許された時間は 


もう
穏やかに奏でて 

いつか消え逝く準備がしたい。





千秋楽を迎えるまでの苦痛は 
それはそれは大きいものだった。



それまでの数年の

羨み妬み 


失う事に怯える日々は 


地獄だった。





昨年12月に 

ボロボロの精神状態で
少しだけ観覧出来たのは 


千秋楽にもご出演下さったHATTREATさんのライブ。


そこで頂いた言葉が 
私の中にすとんと落ちて納まり 
その後私の思考は少し変わった。




2018年は
トラブル続きの幕開けだったけれど 

思考は穏やかに迎えた。


千秋楽を迎えるに当たり 


心の中に
諦めの形が見えた。



そして

希望も捨てない想いも見付けた。



歌をやめると決めるのではなくて 


月下陽香を脱ぎ捨てて 
次を見つめてみようと 


思考回路を変え行く選択を知った。




そして迎えた千秋楽で 

駆け付けて下さった方々に 


私の心は


本当に大きな 

衝撃と言うのか 
影響と言うのか 


上手く言えないが 

それ以降の私の考え方を
180℃変える位のものを 

心の奥に強く受けた。




私は

きっと 

初めて 


本当の意味で 


「私なんか・・・」って

思わなくても
ステージに立てて居たのだと思う。



摂食障害者であり 
自傷癖者であった私を 


受け入れて 

偏見なく 

好きになってくれて 

会いに来て下さる方々が 

こんなにも居て下さる事に 


私は 
この先生きてゆくに必要な 
大切な自信を 

みなさまに与えて頂いたのだと思う。





その後 

日々
強く意識するようになった事が 
いくつも在る。




顔は上げてゆこうと 

毎日言い聞かす。



伏せてしまえば 


自分は
相手を見なくて済むけど 


相手は 
伏せた私の顔も見ているのだ。



自分は隠したつもりでも 
隠せたつもりでも 

相手からはお見通し。

誤解を与えるだけなんだ。



だから
とにかく
顔は上げよう。


そして声を上げよう。


言葉にせずに
理解してもらおうなんて 
勝手な思考は不要だ。


想いは言葉にしよう。


始めは上手く言えなくても

繰り返すうちに 
話し方も身について来る。

その内話す事が怖くは無くなる。



とにかく声を出して笑おう。


その場で微笑んで装って黙って居るよりも 

一緒に声を出して笑ってみれば 
人との距離が近付く事も在るのだから。




辛い事は在って当たり前で。


その中での 
ラッキーを
いくつ見付けられるかに 
神経を注ぐ事を意識してる。






検査結果は
やはり

持病の悪化をリアルに示して突き付けて 

心の悲しみを呼ぶけれど 


まだ
あと少しは歌えるのだから 


伴奏するよと
声を掛けて下さる方々も居て下さるのだから 


今を楽しまなければ損だと 

自分に声を掛ける。




千秋楽後 
髪を切ったら 
また少しすっきりした。




来月には
少しだけステージに立つ。



千秋楽にご出演下さった
えんちゃんの
ピアノ伴奏をされておられる
小田哲生さんのイベントに出演させて頂く。



この日は 

長年ご一緒下さって居る井上タイキさんと。



まだ新曲も1曲しか無くて 
基本的に
月下陽香の楽曲のステージになってしまうけれど 


イキザマを晒して 
命を削って挑んできた 
月下陽香ではなくて 


もう
命を掛けない陽として 

ステージに立とうと思う。






月下陽香では 

いつの頃からか 

着物か 
着物風にアレンジした衣装で
ステージに立ってきた。


今後

月待陽としての活動では
どうしようか考えて居た。



着物は好きだから 


季節的には
浴衣を着たりする事も在るかも知れないけれど 


基本的には
好きな色の洋服を着ようと思った。



私服とは分けて扱いたいから 

ひとつ
気に入った物を購入した。


予算オーバーで悩んだけれど 
あと少しの時間を
大切に楽しみたいから 

思い切って購入した。



まだ手元にはないが 
届くのを楽しみにして居る。



大阪で 
板の上で 

あと何回
その衣装を着れるかな…。




月下陽香の活動を
最も長く支えて下さった
タイキさんにも衣装を考えた。


これまでのように
複数の用意は出来ないけれど 
あと少しご一緒頂ける中で 
暫くはこれを着て頂ければうれしいなと思った物を

ひとつ用意した。



月待陽の活動は 
楽しく穏やかに居たいと思っているので 

タイキさんのイメージは 
かわいいお爺さんで(笑)。



彼は 

彼の身体はこれで出来て居るのではないかと思う位に 
ぼんちあげが大好きで。

甘い物を差し上げても喜んで下さるので。

ちょっといたずらもしました。




「ぼんちあげでできてるよ」




「甘いものよろこぶよ」







もしね 

月待陽としての
小さな活動にも 

駆け付けて頂ける機会がございましたら 


タイキさんとの出演の際には 
実物を見て笑って下さい。




この次から 

千秋楽イベントのライブレポートの残りを 
書き上げますね。



今後 

こちらの更新は大きく減ると思います。


良ければ 
【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】
ご訪問下さい。


宜しくお願い申し上げます。








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約30年間の 出来事や想いが書かれた記事たちは
「カテゴリ。」に振り分けて安置されています。
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4・キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その4

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆



月下陽香が千秋楽を掲げたイベント 

イキザマ晒し劇場千秋楽について 


ご報告記事の続きを書かせて頂きます。




千秋楽についての記事は
今回で4回目。



こちらの続きとなります。





【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その1」(2018.2.16)】

【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その2」(2018.4.2)】

【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その3」(2018.4.8)】



千秋楽のステージ



この日の月下陽香セットリストは


1・毒華

2・月は陽に焦がれ

3・アゲハ蝶

4・モザイク

5・烙印

6・星の流れに

7・我も奏で者

8・許されて在る。

9・キズグチイバラ

プラスアンコール。






ご報告の記事は今回で4つ目。



今回は
7曲目の
「我も奏で者」から書かせて頂きます。









改めて数えてみれば 
思っていた以上の年月を
月下陽香として過ごせて居た事を知りましたが 


実感としては 
半分くらい?

4年位しか過ぎてないような感覚があります。






ですが 
やはり8年半だったのかも知れません。



8年半の中で 

月下陽香として 
様々な模索を繰り返してきました。





かわいい感じに振る舞ってみた時期もあったけれど 
どうもしっくりこなかったりね(笑) 


随分迷いもしました。





その中で行きついたのが今のスタイルでした。


「イキザマ晒し劇場」と名付けた
このスタイルでした。




このスタイルを選んだ私が
まず起こした事は 
カミングアウトでした。



ちらちらと 

ブログでも
板の上でも 

チラ見せはして居ましたが 


そんな
半端な自己防衛したものではなく 

掲げて立つという事でした。








私は
小学校の低学年の頃に 
摂食障害を発症しました。




その後自傷行為も覚えました。



それこそ
4~5年前まで 



私は


摂食障害と
自傷行為に

囚われて生きてきました。





それは
人生の半分以上 
約30年もの年月を占めてしまいます。



その
人生の半分以上を狂わされた 


摂食障害や自傷癖を 


晒して掲げて
ステージに立つ事も選ぶようになりました。





月下陽香のブログには 


私が


摂食障害者で在り
自傷癖者で在った過程も


順番に 
記憶の残る限り
記事として書き続けても来ました。





そのブログは
あちこちに貼り付けられもしました。


顔も知らない人達に
散々な事も書かれていました。


2チャンネルで
やばい扱いも度々されていました。




それでも続けました。




最近では 
精神科医を目指す人たちが学ばれる大学の
研究材料などにもお使い頂けるようになり 

やっと報われたな
なんて思えたりもしました。







でもね。




このように
身を切る活動は
そろそろ終了かなって 


思うようになりました。





月下陽香としての
この活動は
本当にハードなんですね。




心も身体も神経もすり減らして 
命を削らなければ 

ステージには立てないのです。





だから 

月下陽香を締め括ろうと

決めた私が居ました。








とても辛い事もいっぱいあったけれど 

今改めて 
何よりも私が嬉しかったのは 




私が


摂食障害者であろうと 
自傷癖者であろうと 



それを知っても 


私を受け入れてくれて
仲良くして下さる人達が
沢山居てくれるんだと知れた事だと思います。





遠い昔に
初めてカミングアウトした時にはね 

独りぼっちみたいになりました。


みんなが私から逃げました。





でも

月下陽香として選んで生きた私には 


沢山の大切な人達が居て下さいました。




千秋楽の会場も
いっぱいにして下さる程の方々が
居て下さいました。






私はいつも

「私なんか・・」って思ってきたタイプで。




でも

こんなにも偏在な私でも 

好きになって下さる人達が
沢山居て下さる事を
心から感じる事が出来て 



もっとちゃんと
人と向き合って生きてゆきたいと 

とても思っています。







月下陽香のステージでは 
客席からも
お声がよく飛んできます。



この時も


「そんな事無いよ」
「もう出来てるよ」ってお声が 

10年近く応援下さる方から飛んで来て 
たまらなくなりました。







こんな偏在でも 


一うたうたいで 
一奏で者で在った事を 
どうか覚えて居て下さいと


願いを込めて 


歌った7曲目は「我も奏で者」でした。 








7・【 我も奏で者 】





この歌を生み出した時 

この歌の中には 
私の悔しさが詰め込まれていました。





暗いからダメだ 
痛いからダメだ 


お前の歌は 
暗くて痛いからダメだ 



もっと
ラブソングや応援歌を作れないと 
歌えないと 
お前はダメだ・・・




自分よりも優れて居るようには到底思えなかった 
発言がとても暴力的な 
当時身近にいた者に
言われ続けた言葉の数々に 

酷く酷く傷付いた悔しさが
込められて居ました。




最近になってやっと 

悔しさよりも 
ひとつの名刺代わりのように
歌えるようになった楽曲でした。






そして。

8曲目に選んだのは
「許されて在る。」でした。






私が
一度は歌声を失った事は
もう何度もお話をしてきました。


この千秋楽のご報告の中にも
書かせて頂きました。





私には
わかって居た事がありました。


歌に復帰出来た時から
わかって居た事がありました。



この身体にも 
この環境にも 

私には
大きな限りが在るという事。





だから
急いで焦って生き急いで来た8年半でした。





近年は
歌う事そのものに
大きな苦痛を感じて居ました。


思うように活動出来ない事は
何よりも苦しくて
狂いそうでした。





そんな中 

この春に
大阪を離れなければならない状況に立たされました。



大好きな大阪を離れて 
東京に引っ越しをする可能性が
とてもとても高い環境に置かれました。





このままで良いのかと

ものすごく悩みました。




命を掛けて 
命を削りながらも 
続けて来た
月下陽香としてのステージ活動。



ちゃんと締めくくらないと

私は
一生後悔すると思いました。



一生 
ここに
後悔の感情を置いたまま 
立ち止まってしまうと思いました。






大好きな人たちに
ありがとうを伝えたいと思いました。



もう一度 
みんなに会いたくて会いたくて 


この 
千秋楽を決めました。







2月3日の時点では
明日 

この千秋楽の翌日から 


引っ越しをする事になっていました。



まずは
15年暮らしたマンションから
徒歩5分程の場所への引っ越しが決まって居ました。





その後
やはり東京へゆくのか 
まだもう少しだけ大阪に居られるのか 


それはその後の交渉もあり 
この時点では未定でした。





だから

これが最後かも知れないと 

心に刻み

選んで立ったステージでした。








私は大阪が大好きです。



もし。

もし
まだあと少しでも 
大好きな大阪に居られる事となったなら・・・。



その時はまた遊んで下さいねと 

みなさまにお願いしました。









もう
以前のようには歌えないけれど。


私は
やっぱり歌が好きなのだと
心底気が付きました。






歌を辞める事を
真剣に考えて 


悩んで 

ものすごく苦しんで来ましたが 


やっぱり歌が好きなんだと 
歌はやめられないんだと 


気付いた私が居ました。





こうして
千秋楽のステージに立ち 
歌を歌って在るように 


まだ
私にも歌える歌が
きっとあるとも
考えられるようになりました。




1年程前を思えば 
その後主治医を変えた事も在り 
身体も少しは楽になれています。







だから。

もしまだ大阪に居られたなら・・・。




タイキさんが
こうしてまた
ギターを弾いて下されば 
それはとてもとてもうれしい有難い事ですし 


また
ほかの方であっても 

こんな私でも良ければ 

演奏のお手伝いを
して下さいますようお願い致しますと
伝えました。




私は知り合いも多くはありません。

サポートして下さる方がいらっしゃったら 
どうかご紹介下さい。


参加できる場所が在れば 
どうかお誘い下さいと 

お伝えをしました。







そんな願いが叶うなら… 


今度は 


イキザマを晒し掲げて命を掛ける
月下陽香では無くて 




もう
命を掛けない歌を 
楽しく歌いながら 
小さく活動がしてみたいです。




そうお話しました。





これは
きっと
この千秋楽で
私が一番伝えたかった事です。


それが

私が一番にお伝えしたかった 

今の私の想いです。










HATTREATさんが 

ご自身のライブで 
時々 
チェッカーズのカバーを演奏されます。

「キャンドルライトが~♪」って始まりの歌。



お若い方には
わからない歌かも知れないですね。



私は

HATTREATさんが
この歌を演奏される時に 
とてもうれしくて楽しい気持ちになります。




チェッカーズってね 

私がまだ
小学生の頃に 
初めて好きになった 
テレビの中に居る人達でした。




当時
「明星」とか「平凡」とかってアイドル雑誌があってね 



私は買って貰えない環境に居ましたが 
買って貰える友人が 
付録のポスターを下さってね 


部屋の壁に貼ったりしていました。




ダブルラジカセに 
テレビの音を吹き込んで 
聴いたりしていました。



時代が古いでしょ?

70年代の生まれなので 
そんな時代だったのですね。




そんな頃を思い出して懐かしくなって 

HATTREATさんが
チェッカーズを歌われる時は
とても楽しい気持ちになれました。







もし


まだ
大阪で歌える機会を与えて頂けるのならば・・・



月下陽香の楽曲も歌い続けながら 


自分が好きだった歌や 
歌ってみたかった歌 


もっと昔の歌なんかも 


学びながら歌ってみたいと
思うようになりました。





もっとみんなに近付ける歌も歌いながら 


小さく楽しい活動をしてみたい。




そんな未来がきっとあると 
自分に言い聞かせて 
迎えた千秋楽でした。








8・【 許されて在る。】



こんな私でも 
こんな偏在な私でも 
許されるならば 


これからもお繋がりを下さいと 

お願いをしました。










月下陽香の
「イキザマ晒し劇場千秋楽」のご報告記事は


8曲目までを書き終えました。



次は
いよいよ
ラストソングから書き始めたいと思います。





お付き合い下さいますよう 
お願い申し上げます。









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3・キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その3

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆



月下陽香が千秋楽を掲げたイベント 

イキザマ晒し劇場千秋楽について 


ご報告記事の続きを書かせて頂きます。




千秋楽についての記事は今回で3回目。

こちらの続きとなります。



【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その1」(2018.2.16)】


【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その2」(2018.4.2)】




この日の月下陽香セットリストは

1・毒華
2・月は陽に焦がれ
3・アゲハ蝶
4・モザイク
5・烙印
6・星の流れに
7・我も奏で者
8・許されて在る。
9・キズグチイバラ
プラスアンコール。




前回は

月下陽香のステージの

4曲目までを振り返り 

記事とさせて頂きました。



今回は5曲目の「烙印」からですね。






この千秋楽を迎えるに当たり 


改めて数えてみれば 



私が
月下陽香になって
約8年半の年月が過ぎて居た事を知りました。



思っていた以上に
長い年月が過ぎて居ました。




出会った頃には 
九九も危うかった女の子は 
立派な社会人になられていたりして。



そう考えると
そりゃ
それだけの時間も過ぎゆきた訳ですね。


私も40代に突入しちゃいましたからね。




8年半と言っても


この数年は
年に一度や二度程のライブだけで精一杯でした。




持病もかなりの悪化をし 
歌う事はとても苦しくもなり 

まともに活動など出来ずに 


とてもとても苦しみました。



ついにそこまで来てしまったのかと 
悲しくてたまりませんでした。





まだ
月下陽香が始まった頃は 


それこそ週一でライブ活動をしたりと 
走り回っていた時代も在りました。



私には時間が限られていたから 
必死になって走り抜きました。




大阪で
音楽活動に復帰出来た時からわかって居たのです。



私には
身体にも環境にも 
動ける時間は限られているという事。




全ては「今の内」でした。



だから走りました。



必死になって走りました。



その都度
誰かが必ず
走る私の足を掴んで止めました。


必ず誰かに邪魔をされました。




身近であったはずの者ほど 

私を傷付けて 
奪い 
邪魔をしました。



それでも闘って来ました。


歌いたくて頑張ってきました。




頑張って頑張って 
それでもどんどん歌えなくなって。



近年は
歌えなくなって封印していた楽曲をひとつ 


今回は頑張って連れて来て居ました。




私自身に思い入れの強い楽曲のひとつでも在りましたし 


いつも遠方から駆け付けて下さった方が 
以前に 

この楽曲の世界観には引き込まれると

話して下さった事も強く記憶に在り 


どうしても
もう一度聴いて頂きたくて 


連れてゆきました。




この「烙印」には 


私の
消えない痛み 
犯した罪 
消せない罰が込められて居ます。




5・【 烙印 】















この楽曲を歌う時には 


私は 


桜の紙吹雪をステージに撒き散らします。




いつも
ステージ終了後に 


お客さま方が 
協力して
ステージのお掃除をして下さいます。


自分で片付けた事が無いかもしれません…。


いつも本当にありがとうございます。




「烙印」の後に選んだのは 


月下陽香には
ものすごく珍しく
カバー楽曲でした。








月下陽香としての8年半の活動の中 


沢山の
素晴らしい出会いに恵まれても来ましたが 



その中でも大きかったひとつに 
諸口あきらさんとの出会いがあります。



まだ

バンドで活動して居た頃 


当時のメンバーさんに
連れて行って頂いたライブで 

初めて諸口あきらさんにお会い致しました。



とっても失礼なのですが 

私は
諸口さんの事を存じ上げては居りませんでした。


が。




ライブの後お声を掛けて下さり 




歌を歌って居る事を知ると 


その場で歌ってみるようにと言って頂きました。


歌を聴いて下さったのです。




真剣にお聴きくださった後 
叱られました。


お前はなぜそんなに叫ぶんだと。

そんな苦しい表情で叫ぶんだと。




私にとって歌は 
いつだって心の叫びだったのです。


だから私は
いつも限界まで叫んで居たのです。



それが自分のスタイルだと思い込んでいましたから 
衝撃的でした。




お叱りを頂きましたが 
その後歌のご指導もいただき 

諸口さんのライブにお伺いすると 

いつも
私にもステージで歌う時間を下さいました。



諸口さんのメンバーの方々の
プロの演奏で歌わせて頂く事も在りましたし 
弾き語りもさせて頂きました。




諸口あきらさんは
いつも私におっしゃいました。


「メグ 歌は歌うんじゃない。
 歌は歌うんじゃないんだ。
 いいか。メグ。
 歌は叫ぶんじゃない。
 語るんだ。
   歌は 語るんだよ。」


諸口さんには
ファックスも沢山いただきました。


ライブでもおっしゃっておられました。


まだ歌いたい歌があるんだと。



諸口さんにはとてもお世話になって居たのに 
近年はお伺いする事も出来ずに居りましたところ 


昨年秋 
お亡くなりになられた事を知りました。



とても後悔をしました。


会いにお伺いしなかった数年を悔やみました。



諸口さんのおかげで
ご縁を頂いた方にご相談をして 
奥さまにお花をお送りしましたが 
それしか出来ない事が歯痒く思いました。




後日
奥様から
とてもご丁寧にお便りを頂戴いたしました。




そこには
諸口さんが書かれた絵と書が添えられておりました。



私は
この千秋楽で 

絶対にこれを歌わなければいけないと思いました。



諸口あきらさんのライブで 
いつも歌わせて頂いて居た歌。


「星の流れに」




6・【 星の流れに 】



この歌はとても難しいです。


たくさん練習しましたが 
未だに歌いこなせません。


自分の物になりません。


カバーは難しいと思い知らされます。




月下陽香は
基本的にオリジナルでやってきました。


その事を


「すごいね」って
おっしゃって下さる方々も居られましたが 


私に言わせれば 
カバー楽曲を素晴らしく奏でる方々の方が
素晴らしいです。



カバーは難しい。

それでもこれは歌いました。


感謝を込めて。

諸口あきらさんに届いて居る事をとても願いました。












月下陽香の
「イキザマ晒し劇場千秋楽」

ライブレポートは6曲目までを書き終えました。



続きは次回の記事へ続きます。


もうしばらくお付き合い下さい。






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2・キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その2

      ◆◇ご訪問ありがとうございます。『 癒え待ちよすが 』へようこそ。◇◆


月下陽香の
イキザマ晒し劇場千秋楽
から


約2ヶ月が過ぎました。


今年は春の訪れが早くて 

大阪の桜は
既に満開を過ぎ 

ひとひら
ふたひらと 

風に吹かれながら
揺られながら 


薄紅色の花びらが舞い落ちてゆきます。




現在
メインの発信場所となりつつある
【癒え待ちの月-イエマチノツキ-】には
少しずつ記事を更新しています。





来月5月12日には 

月待陽として

初めてのステージに立ちます。



その前に

改めまして。



この記事 

月下陽香のイキザマ晒し劇場イベントのご報告記事の続きを 


今後
いくつかに分けて
書き記し終えようと思います。


【「キズグチを武器に。イキザマ晒し劇場千秋楽・その1」(2018.2.16)】



私が

月下陽香として活動を始めてから 


改めて数えてみれば 

8年半の月日が流れ去っていた事を知りました。



始めは 

当時のバンドメンバーから離れたくて 
もう 
壊される事にも 
背負わされることにも耐えられなくなって 

共倒れなんてしたくなくて 

私は
私の道を歩こうと
選んだソロ活動だったように思います。



沢山の模索を繰り返しては 
実践してみるものの 

違和感と共に練り直しで 

何がしたかったのか
迷う事も多発しましたが 


最終的には 


自身の実体験を
強く前面に出す活動を
選んで続けて来た参りました。



2013年からは 


摂食障害者で在り
自傷癖者で在った自分自身を 


隠さない 

あえて掲げるスタイルを選び 


そのステージに


「イキザマ晒し劇場」と名付け 
活動をして来ました。



そして。


近年は 


身体にも心にも環境にも 
思うように動けない現状を感じながら 

苦しんで苦しんで悩み続け。



結果。

2018年2月3日


「月下陽香」としての活動はひとまず締めくくり 

次へ進む事に決め 

千秋楽日ベントを開催致しました





月下陽香のイキザマ晒し劇場・千秋楽のご報告を 


改めて 
いくつかの記事に分けて 
書かせて頂きます。



今回も
ライブ写真のほとんどは
まささんご夫妻が写して下さったものです。





2018年2月3日


駆け付けて下さった沢山のお客さまと
ご一緒頂いた千秋楽。



開演前に少しだけ 

ステージの上から
皆さまにごあいさつをさせて頂きました。


ご来店のお礼と 

この日のご出演さまのご紹介をほんの少し。




その後 

トップを飾って下さる

歌姫えんちゃんと 
ピアノ小田哲生さんのステージが始まりました。



えんちゃんの
やさしい雰囲気と
可愛らしいトークと 
美しい歌声。


お客さまが皆さま聴き入っておられる空気には 
緊張感と心地良さがありました。



このイベントの少し前に 


月下陽香として活動を始めた頃に 
私がステージで使っていた
アンパンマングッズを 

えんちゃんに 
貰って頂いた事がありました。



私はもう 
ステージに連れて行ってあげられないから 
ご迷惑でなければ 
えんちゃんが 
これからの活動でお使いいただけませんかと 
お渡しさせて頂きました。



えんちゃんは優しく受け止めて下さり 
この日のステージでは 
そのアンパンマンを連れて歌って下さいました。



すっかりえんちゃんちの子になったんだなーって 

えんちゃんが受け取って下さって良かったって 
心から思いました。



えんちゃんは 

胸キュンソングを沢山歌われる歌姫さまですが

「本能」なんて歌も歌われます。

そのギャップもとっても魅力的です。

言の葉をとても丁寧に歌われる方だと思います。


大好きな
アンパンマンのマーチも歌って下さいました。

「アンパンマン!!陽ちゃんを助けてッ!!」って 
美しい声で言って下さいました。

もうキュンキュンでした。



えんちゃんのステージは
なぜこんなにも心に響くのでしょうか。

それはきっと 
えんちゃんが 
本当に心の奥底から優しさに溢れて居られるからだと思います。


深い深い痛みを知った上での優しさに
満ちて居られるのだと感じます。





えんちゃんのステージの後は 

少しの時間を置いて 

月下陽香の出演でした。



この日のイベントは 


始まりと終わりは
月下陽香がご挨拶をさせて頂きましたが 


イベント中は 
えんちゃんが
司会までして下さいました。

ありがとうございます。


ちゃんとセリフを考えて書いて来て下さって居ました。

日々お忙しいのに 
千秋楽イベントの為にそこまでして頂いて 
嬉しくてたまらなかったです。



えんちゃんにご紹介頂いた後は。


いよいよ 


月下陽香の最後のイキザマ晒し劇場の始まりです。





この日の月下陽香セットリストは

1・毒華
2・月は陽に焦がれ
3・アゲハ蝶
4・モザイク
5・烙印
6・星の流れに
7・我も奏で者
8・許されて在る。
9・キズグチイバラ
  プラスアンコール。


それらの楽曲を 
沢山のお話と共に奏でさせて頂いております。



今日の記事では 

その1~4曲について 

細かく呼び起こす記憶と共に 
綴る事に致します。






幕開けは 
月下陽香ではいつものスタイル。


客席から 

マイクを持たずに鼻歌を口ずさみながら 
ステージに向かいました。



何を唇に乗せて千秋楽を開けようか 

始めはとても悩んでいましたが 


最終的には簡単に決めました。


私にとって
この日のイベントのイメージカラーは「」。



「赤」は

私の

きっと一番好きな色です。


だからこの歌に決めました。



客席の後ろから 

いつもの傘を差して
ステージに向かう中


 「赤い花摘んで あの人にあげよ
  あの人の髪にこの花さしてあげよ」




ステージの手前 

一番前の席には 

歌う私を
20年以上応援し続けて下さった女性が
座って下さっていました。



彼女は
私のマイクを持ち 

私がステージに向かうのを待って居て下さいました。



誰よりも長い年月 
歌う私を応援し続けて下さった方の手から 

私は 

月下陽香としての
最後のマイクを渡して頂きました。



そして 


いつも通りに下駄を脱ぎ 

いつも通りに 
ゴザが敷かれたステージに上がりました。



緊張はありませんでした。

とても落ち着いていました。


短いお礼を述べた後 

1曲目のタイトルを言いました。


1・【 毒華 】 




この歌は 
遠い昔 
私の上司だった男の人と
深い関係になった母が 
私を置いて出て行った夜を描いた楽曲です。



「赤い毒を吐き出し曼珠沙華が咲いた
  滴る夜を抱き締め曼珠沙科は咲いた」


始まりの歌詞に 
私の
当時の母への不満がぶつけられて居るように 
今は感じて居ます。


「毒華」を歌い終えた後 


ご来店のお礼や
ギタリストさんの紹介をさせて頂きました。




月下陽香のステージは
いつも必ず 

私の中で

実体験のストーリーと共に構成されています。



楽曲を歌う前には必ず 

これから歌う楽曲に繋がる 
まつわるMCを
挟むようにして居ます。



この日2曲目に選んだのは


2・【 月は陽に焦がれ 】





今回
この歌を歌う前に 

簡単に 
大阪に越して来てからの事をお話しました。




大阪に越して来たのは2013年。


その1年後に

私は

歌声を失いました。


鼻歌すら歌えなくなりました。


心には
大きな穴が空きました。



歌えない現実は苦し過ぎて 


生活に
音楽が入り込むことに酷く怯えて 

音楽番組すら見れなくなりました。



陶芸も始めました。


現在では
仕事のひとつになるまでに 
陶芸は
私にとって大切な物となりましたが 


それでも 

歌を失った穴は埋まりませんでした。



もう一度歌いたくて。


血を吐くような治療と訓練を重ねました。


やっと歌声を取り戻せたのは

2009年でした。




大阪での音楽活動が始まりました。


うれしかった。
とにかくうれしかったです。


始まりはバンドでした。


でも
バンドでは人間関係がうまくゆかず 
1年ももたずに休止状態。



私はソロ活動を始めました。


心細かったソロ活動を続ける中で 


少しずつ 
私にも仲良くして下さる方々が増えてきて 
仲間が増えてきて。



その時に 
その大切な方々に打ち明けてみたくなって 
生み出したのが


「月は陽に焦がれ」でした。





私の音楽生活は
恐ろしい勢いで波乱万丈でした。


辛い事の方が遥かに多かったです。



それでも私は歌いたかった。


どんなにつらい目に合っても 
歌いたかった。



私の歌には


沢山の

実体験の
本物の痛みが込められています。





そう繋いで歌った3曲目は
「アゲハ蝶」。



3・【 アゲハ蝶 】


この楽曲を歌う際は 

いつ頃からか 


手作りのアゲハ蝶を指に連れて
歌うスタイルにして居ました。



月下陽香は 

ライブと言うものも意識して居ましたが 


一番に意識して居たのは


イキザマ晒し劇場と名付けた

「劇場」の部分でした。




これは
きっと

月下陽香を終えて

次の活動を始めても

変わらないと思います。



音楽では無く 
言葉。
語り。

言葉をいかに表現するか。


歌うよりも

表現に重点を置いて居たいと思うので 


こういう小道具も
自分なりに大切に考えて来ました。






4曲目に選んだのは「モザイク」でした。


4・【 モザイク 】



「もしも私が明日死んだなら
  私の骨はあんたが食べてね」



この歌詞で始まる楽曲です。



サビでは


「その指でかき混ぜて
 繋がってイカせて」



なんて歌詞もあります。


ですから無理もありませんが。




最低な歌やと言われた事も在りました。

ただのエロ歌やんけと 
言われた事も多々在りました。

タイトルが

「モザイク」

と言うだけあって 

セクシービデオにかかる
「モザイク」だと受け止められる事も多かったですね(笑)



ここでも
ステージでも 


過去に何度もお伝えして居ますが 


このタイトル

「モザイク」は

「雌雄モザイク」から頂き名付けた物です。



雌雄モザイク‥。


身体の
半分が雄 
半分が雌の蝶の標本を見た時に 


私の中に切ない情が溢れました。


ひとつの身体の中に 

男と女が共に存在をしていて。


いつも一緒に連れ添い生きて在るのに 
交われる事は無い。


いつも一緒の
もうひとりの自分にも 
他の誰かとも 
交われる事は無い。


決して結ばれはしないのです。


それでも
命が果てるまで
連れ添うのです。


なんと切なく苦しいのでしょうか。



私にとって 
月下陽香の「モザイク」は 

最高
最強の
ラブソングだと思っています。








ここまでで
千秋楽ステージは4曲を終えました。


会場の皆さまの視線が全てあたたかくて 


私は
お客さまのお顔を
その都度見て確認しながら 


力を頂き 

進行してゆく事が出来ました。



この 
4曲目辺りまでは 

比較的駆け足での進行を意識して居ました。




後半に進むにつれて 

伝えたい想いが膨らむセットリストを
描き組み立てていたので 

前半はサクサクと進めました。





5曲目に選んだ楽曲は 

数年間の封印の後に 

意地でも連れてゆくと決めて居た


「烙印」でした。



この
5曲目からは
次の記事でご報告させて頂きます。







イキザマ晒し劇場千秋楽から 
2ヶ月近くの時間の流れの後に 
ようやく書き始めたご報告記事。



これを全て書き終えて 


私は
本当の意味で


ひとまず 

月下陽香を眠らせる事が出来るのかも知れません。




長い記事が続きますが 



どうか
最後までお付き合い下さいますよう


お願い申し上げます。







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自己紹介。

月下陽香

Author:月下陽香
オリジナル楽曲を発信しながら
創作陶芸作家としても活動しております。

2018年2月4日より
月下陽香としてのライブ活動は休止致しますが

このブログを継続しながら

ステージ活動は
また違う形でお届けする未来に向かいます。


このブログには
私がかつて
「摂食障害」・「自傷癖」と
共存して居た頃の出来事を綴った記事も
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